フィリピン・忘れ得ぬ感動的な風景 part-1 #19-0012

人生のライン

彼女とフィリピンで再会

フィリピンで彼女と再会できた。2005年12月初旬(10日?)の頃のこと、半年以上ぶりだ。日本で見ていた時は、いつも彼女が働いていたPubの売上げのノルマ達成を迫られ精神面で苦しそうな表情だったが、いまは、働きたくても仕事がないという生活面のリアルな苦しさをその身なりからどことなく感じさせられた。

空港には、彼女の2番目のオニイサンと、レンタルしたワゴン車の所有者らなどが出迎えてくれた。彼女の長男(5才)、長女(3才)も来てくれた。フィリピン人らしく目のぱっちりしたかわいい子どもたちだ。

彼女から、簡単な紹介を受けたのは、第2ターミナルの近くの駐車場だった。2番目のお兄さんがワゴン車の中に私が乗るための席を作るためあわただしく整理している。彼女は、私にお腹すいていないかと尋ねた。彼女たちは、この時間まで、まだ何も食べていなかったようだ。すでに15:30pm頃になっている。

駐車場の脇にちょっとしたちょっとした売店があり、ハンバーガーが売られていた。そこで彼女が私に一緒に来てと買い出しを手伝うように言った。言われるままについていく。子どもたちも興味津々で、一緒について来る。特に彼女が話した内容で私は笑った。私が空港からなかなか出て来ないので、3才の長女が「もう帰ろうよ」と言ったというのだ。

「ごめんね」と長女を見る。すると初めてみる日本人にどこかはにかんだ表情がかわいい。

フィリピン人は日本のカップ面が大好き

現在は、かなり改善されたようだが、この2005年当時は、空港職員の士気がかなり低かった。日本の空港のサービスとは桁違い。特に、客の荷物がなかなか出て来ないのだ。2つ以上の荷物だと受け取るまで1時間程度はかかり最悪だった。ゲートを出て、荷物を待つが、最低でも20分は何も出て来ない。その後、ポツリポツリと、荷物が無秩序に顔を出す。

日本人の旅行客は、多くの場合、シーフード・ヌードルを5ケース程度を土産に持って来る。フィリピン人は、シーフードヌードルが、非常に好きだ。彼女も大好きだという。私は、まだそのころよく分からず、普通のカップヌードルを持ち込んだ。たったの2ケースだ。金がなくて買うことができなかった。それでも非常に喜んでくれた。

そうした荷物の引き取りに時間がかかるため、なかなか空港の外に出られない。やっと出たかと思うと、まだ空港職員からの質問を受ける。簡単な英語だが、聞き取れない。英語が分からないというようなしぐさをすると、同じ質問を繰り返してくる。どうやら、何度目かと聞いたらしい。パスポートを確認して、ようやく完全に外に出られる。

着陸から1時間以上、解放されるまで、こんな調子なので待ち人も大変だなと思う。

Pangasinanの田舎へ北上する

彼女の長女が待ち疲れたのもよくわかる。待っていてくれて、ありがたい。彼女が、オニイサンや甥、お手伝いをしてくれる高齢の女性、二人の子どもたち、運転手らにハンバーガーを手渡した。
このあとそのまま彼女の田舎に向かった。北方面へ、国道を行く。私は、この時まだPangasinanがどこにあるか知らなかった。

マニラの中心部へ向かう途中、ワゴン車は、何度か交通渋滞で止まる。何か日本と違う点に、気づいた。信号が少ない。白線もあまり敷かれていない。運転はよく事故にならないと思うほど、追い抜き、突然斜線を変更したり、まるでラリーのようだ。すぐに混雑に巻き込まれるが。またラリーのような運転が繰り返される。

車が止まっている間、道路上に新聞やちょっとした食べ物か何かだろうかを持ったフットワークのいい若者が、車の窓に顔を突っ込む。新聞などのセールスをしているのが見える。わずかなスキに釣銭まで返してくる。車は遠慮なく、その脇を走っているので、かなり危険だ。そこをすり抜けて、物売りをしている。これも文化だなと思う。中には女性もいる。

私は彼女と久しぶりの会話をする。ごくありふれた「元気だったか」というような話だ。窓の外越しに、マニラが一望できるような高い場所を走っていることが分かった。高速の入り口の近くのようだ。高層ビル群が見える手前に平屋の群れが見えた。「スラム」だという。画に書いたように、貧富の差がそのまま象徴的に区画されている。

彼女は敬虔なカトリック教徒

私たちの乗る車は、すでに高速に乗り込み、北へ進んでいる。明るかった窓外は、いつの間にか夕闇に包まれている。子どもたちは、真ん中の席に座りはしゃいでいる。私と彼女は後部座席に座った。長女が私の存在に、興味があるらしく、ときどき私のほうを見ている。私がそれに気づいて長女を見ると、恥ずかしそうに隠れる。

何度か長女が振り返った時を狙って、携帯で写真を取った。なんともかわいい表情が撮れていたのだが。残念なことに、当時は、携帯カメラの精度が低い上に、光源も少なく、現像する機会も持てずにいた。さらに日本に戻った時、うっかり携帯を洗濯物と一緒に洗ってしまいすべてを失った。残念だった。あんなかわいい表情は、二度とないのだから。

彼女は、車中で、時折、小さな聖書を開いて読んでいる。というより、祈っている。その姿に胸を打つ。小さな聖書とは、本当に小さく、マッチ箱程度の大きさと厚みのものだ。これまでに何度も苦しい時にそれを手にして祈ったのだろう。聖書は冊子のような作りだが、角がすり減っている。ページもボロボロだった。

私は若いころにドストエフスキーなどの作品を好んだ影響で、キリスト教的な宗教観に一定の理解を示すことができるタイプなのだ。私自身、特別な宗教を信仰しているわけではないが。少なくとも信仰を持つ人々の気持ちを忖度することはできた。そしてキリスト教的な考えも受け入れている部分がある。奇跡というものも信じようとしている。

私自身は、この物理的現実の世界をスピリチュアルな感覚で見ている。見えない世界というものが大きな支配をになっており、この物理的現実は、その見えない世界の投影だと確信しているのだ。なので、このブログの最初に、「目の前の現実に対して、私は、いつも夢を見ているのだと思っている。」と述べたのは、そうしたことを背景にしている。

☆フィリピンお役立ち情報・ひとくちメモ

フィリピン人は、なぜ日本製のシーフード・ヌードルが好きなの?

フィリピンに行ってなぜか笑いが込み上げてくるのは、荷受けのターンテーブルにたくさんの日清のシーフード・ヌードルが並んで出てくるからです。現地の方にお土産で頼まれるというのもあるでしょうが。現地の方に、喜ばれるということが大きいでしょう。

現地でも同種の製品が生産されていますが、日本のシーフードヌードルの方が味が良いとのことです。また、カップ面の入っている容器の作りも、日本製のものと、現地製のものでは異なり、お湯を入れた後、現地製のものは熱くて持てないということも、いまひとつ不人気の理由となっているようです。

空港では、間違いも起きやすいので、持っていくなら3箱程度とし、しっかり段ボールを固定して、箱に名前や行先の住所、飛行機の便名など、または、自分のものであることがすぐわかるような目印をつけるということも必要なようです。
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