夢見☆不快な出来事はなぜ起こるか ★19#0006

夢見空間

人生は、夢の中で起きているゲームだと私は思っている。YouTubeなどのゲーム動画配信を見ていると、同じ(そのように見える)空間を何度も行きつ戻りつを繰り返す。まったく同じ空間であっても、実は、パラレルな世界にシフティングしている。ゲームは、人工物なので、おなじ状況を繰り返すが。私たちの夢見世界は、きわめて完璧な世界だ。

同じような展開に見えても、それは幻想で、全く異なっているものを体験している。私たちの感覚が、大雑把に状況の展開などのディテールを大胆に捨象してしまっているだけなのだといえる。その特徴的な誇張された部分だけの印象で、そう勘違いしているだけなのだ。

もっとわかりやすく言えば、例えば、毎日、職場までいくときに、歩く街の地形などの舞台装置は、ほぼ変化が乏しく。また同じ時間帯にどうしても出会う、通勤なのどの人々。だが、
それらは本当に同じだろうか。はっきりしている。違う。街でも、電柱や柱などの飾りが、あったり、消失していたり。街を走る自動車や自転車、バイクなども、同じではない。

人物にしてもそうだ。彼らの気分も、昨日と異なっている。機嫌が良かったり、不調だったり、着ている服や靴、持っている鞄なども異なっていたりする。どれ一つ、同じではない。

ある街のほぼ同じ時間帯に歩いている人を見ると、昨日と同じに見えて、実は、同じではない。
そのあたりを、スピリチュアルな感性で言えば、人物も同じではないという解釈もある。瞬間、瞬間、異なるという解釈がある。そこを理解することはなかなか難しいが、そういう解釈をスピリチュアルな世界では行う。

そんな理解を前提に、あの「銀座まるかん」の斎藤一人さんの言葉ではないが。先日起こった、旅先で見かけた犬のフンを見かけたような話を一つ記述させていただきたい。

例えば、通勤などの、決まりきったある時間帯に街を歩いていると、どうしても対面で、同じ(ように見える)人物と出会うことがある。

不快な出来事というのは、前提がある。その不快なことが起こるまえに、一定の伏線があった。私が、左側を詰めるように歩いていると、相手は、相手自身の右側を詰めながら、向こうから歩いてくる。このままいくと、ぶつかるので、こちらで譲歩して、私自身の右側を歩くようにしてその人物と交差したことがあった。

そんなことが、2-3回ぐらいあった。特に気になったのは、相手は、少し右側に詰めている時でも、多少余裕をもって、こちらに向かって歩いてきた時の事だ。

その間隔を開けて歩いている、人物の相手の右側に体を寄せて歩きぬけようとすると、相手はその道をふさいだのだ。私は、その時、仕方がないと思い、相手の左側を回り込むように、歩く方向を移動した。なにがなんでも、人に道を譲らない「妙なオヤジだ」なと思った。

中年の男性だ。普通の勤め人というよりかは、ラフな格好をしている。顔は、どこか間延びした馬面なオヤジという印象を持った。

それから、数日後にまたこの人物と出会った。今度は、この人物は、恥に寄ったまま、スマホをいじって止まっている。本人の右側部分が、そこそこ空いているので、そのまま行こうとすると、身体を本人の右側に詰めて、私がその脇を通るのをふさいだ。
「何だ、このオヤジは?」と、思って。「何?」と、抑え気味に言った。仕方なく、相手の左側を抜けていった。

すると、後ろから怒声を浴びた。
「ナニじゃねえよ。」「ふざけんな馬鹿野郎」「このヤロウ!」と、
かなりデカい声で、私に罵声を浴びせた。
この人物は普通じゃないなとすぐ直観したので、相手にしなかった。

気持ちは非常に不快だったが、旅先の犬のフンだなと思って、それを無視した。
争っても、何の得にもならない。下手すれば、警察沙汰。私は、仕事場へ行くところだ。
しかも、争っている内容が、あまりに馬鹿げた事なので、そして公衆の面前で、大声で喚く
人物の性格上、ロクなことにはならないことが、はっきりしすぎていた。

私は、ただただ黙って、一切振り返らずに行き過ぎた。
それでいい。腹が立った気持ちを抑えて、鎮める工夫をした。これでよかった。
争わず良かった。ただ、再び、この道で、この人物と会う可能性があるので、
注意が必要だと強く思った。

そして、それから一週間後に、その道で、やはりその人物とまた出会った。
私は、その人物が、何をしてくるかわからないので、一瞬、しっかり相手をみて、そのあとは、気を抜かず、行き過ぎた。
ところがこの人物は、今にも挑んできそうな挑発的な態度や目線を浴びせてきた。

それでもこちらは無視し、職場に向かった。
これでいい。

私は、一週間前に、犬をフンを見かけたのでなく、いわば踏んづけたのだ。
つくづく、そう思った。

相手も、どこかに勤めているのだろう。にもかかわらず、あんな挑発的な態度で、人をにらみ、
いつでもお前をボコボコにしてやるぞという態度を終始見せて、プライドを誇示していた。
勝手に、イキガッテいろ!だ。
この相手は、争った跡の顛末については、一切考えないのかと、訝った。どれほどの尖ったプライドなのだ。いずれ大きな出来事を起こして自滅するだろう。

として…私は思う。

この不快な出来事は、ゲームなのだ。私のために用意されたゲームなのだ。
私自身の心の不快が3Dのフィールドに具現化した物理的現象なのだ。

ただ人生のゲームは、ちょっと採点の仕方が異なる。
私がポイントを稼ぐための出来事ではない。すべては予定調和の出来事だと
思っていることだ。

良いことも、悪いことも、等分にあるという法則のための予定調和なのだ。
今後は、いい気分でいようと、大いに反省した。

としても、
今後は、この道を避けるようにしたいと思っている。

そうしているうちに、この人物が私の世界からいなくなるからだ。

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