夢見心地☆りんごが空に落ちていくことも不思議ではない出来事 ★19#0017

夢見空間

私は日ごろから、注意深く周りを見ている。
次元の片鱗を見出したいからだ。

異なる次元を私たちは、絶対に見ることができないものなのだろうか…。
私は、感じたり、それらしいものが、
私たちの次元に尻尾の先の先を覗かせることがあるのではと、勝手に思っている。

ただ私たちには、気づくことがなかなか容易ではないようだ。
あまりにもリアルな物理的現実に、見事に溶け込んでいるからだろうと思っている。

私があえてそんなことを書いてみたいと思ったのは、
やはり、リアリティ・トランサーフィンシリーズの著者
 ヴァジム・ゼランド氏の作品の中の
「りんごが空に落ちていく」というキーワードの影響によるものだ。

今朝、ある出来事に遭遇した。
そして、それは、実は、以前にも、見かけたものだった。
それは作り話ではない。実際にあった事。

ある出来事とは、
共同住宅の廊下を歩いていた時だ。壁伝いの小さなクモに気付いた。
虫はどの虫も苦手だが、クモにも対しても嫌煙した気持があるが、
若干、他の虫を見る目と私の中では、異なっている。
妙な言い方だが、嫌いだが、一目を置いているというあたりが、ニュアンスとして近い。

そのクモを、何気なく見ていたとき、ちょっとちょっかいを出した。
近くにあった箒を手に取り、クモの進路を塞いだりして、クモを混乱させたのだ。

そして、次の瞬間それが起きた。
垂直に立つ壁を這っているクモが、
箒で茶化されていることにストレスを
感じているであろうクモが、
わずかにジャンプして箒の災いから逃げようとした。

壁の真ん中あたりで。

私が、ハッとしたのは、
何が何でも、ジャンプして逃げようとするクモの懸命なその姿ではない。
私の関心を引いたのは、物理法則を明らかに無視する現象そのものにあった。
なぜなら、
クモは僅かだが、ジャンプした際に、垂直の壁から90度真横に飛び、
一時、2-3cmほど壁から離れて、
再び、這いずり回っていた垂直の壁に着地し戻ったのだ。

そんなことあり得ないじゃないか…。

そもそも、
垂直の壁を移動すること自体、大変に負荷の掛ることなのに、
なぜ、ジャンプして落ちることなく、
元の壁に吸い寄せられるように着地できるのか。

もう一度、言いたい。

そんなこと、あり得ないじゃないか。

もう一度、それが見たくて、箒で、クモを追い回した。クモには、一切、触れないように。

クモは相当、ストレスを感じたろう。何度も、壁から落ちた。
そして、再び、そのチャンスがやってきた。
ついに、彼はジャンプしたのだ。
そのジャンプが、あきらかに壁から5cm以上に及んだ時、
さすがに、物理現象に逆らえなかったらしい。あるいは、エラーだったのか。

クモは壁から落ちた。
壁から、落ちても、それ自体は不思議ではない。不思議なのは、
先ほど、同じ彼がやって見せた瞬間技にある。

私は、クモのこうした現象を、以前にも見たことがある。

だけに、今日、それを見たことに、驚いたというより、以前にみた芸当として、
単に、思い出した。

恐らく、このことには、科学的な何か説明がつくのかも知れない。
例えば、
瞬間にクモが糸を、壁につけて、その粘着で、壁に戻ったとか。だが、
クモが瞬間に糸を吐いたようには見えなかった。
ジャンプしたときにも、糸を活用したようには見えなかった。

私が、このことで言いたいのは、
科学的な後付けの「なるほど…」というような説明にあるのではない。

私たちの現象の中には、思いがけないことが起きるということにある。

ゼランド氏の「りんごが空に落ちていく」というキーワードは、
そのこと思い出させてくれる切っ掛けの言葉として、
私は、次元の尻尾を探しているのだ。

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