夢見☆しなければならない ★19#0049

フィリピン

「ザ・ストレンジスト・シークレット」(アール・ナイチンゲール[著] 林 陽[訳] 徳間書店)の巻末《おわりに》では、【成功を実現するための六つのステップ】と題したコーナーがある。そこで、引用の引用になるが、アメリカ西部の著名な精神科医デビット・ハロルド・フィンク博士の提唱する六つのステップが紹介されている。

1.明確な目標を定める
2.自分を責めるのをやめる
3.成功できない理由をあれこれ考えるのをやめて、その代わりに、

成功 できるあらゆる理由を考える。
4.成功できないという考えがしみついているなら、そのような心の態度を子ども時代に辿り、

こで成功できないと最初に考えたかを見つけ出す。
5.自分のなりたい人間像を書き出して、自分に対して抱いているイメージを変える
6.なりたいと決意した成功者の役割を自ら演じる

  (「ザ・ストレンジスト・シークレット」:p88 《おわりに》より引用の引用)

というものだ。
大変、示唆に富んでいる内容でわかりやすいと思う。

私は、この中の【5】で、自分のなりたい人間像というので、思い当たることがあることを思い出した。私が、映像の世界に潜り込んでからのことだ。
私は、5年ほど勤めたまだ某制作プロダクションにいた頃で、
社員として制作現場の仕事をしていた。

スタジオ撮影やロケ現場での撮影など、
レギュラーで担当していた仕事もあるので、ほぼ月2で、スタジオなどの現場で、
撮影のスタッフとして下積み時代を積んでいた。
撮影仕事は慣れで、だいたい要領が簡単にこなせてくる。基本セットが決まっていたからだ。
次第に、夕方からの空き時間が増えてくる。

それを利用して、私は、毎晩飲み歩いていた。それ以降もそうだが。結果、
そのせいで、後年、慢性膵炎を患ったこともあるほどだ。
妙な自慢になるが、背中に絶えず、鈍痛もあった。
それでも今では、5年以上、ほとんど、皆無と言っていいほど、酒を飲んでいない。

かつては、家に帰るより、酒場に居た。それが、なにより楽しかったのだ。

そして
それを支えたあるイメージが私にはある。

私は、上司のプロデューサーとよく飲み歩いたが。
一人で飲むことも好きだった。退職してフリーになると、一人で飲む機会が圧倒的に増えた。

私のあるイメージというのは、ほんとうは、もっと正しく活かすべきだった。
有効に使うべきだった。
いまはそう思う。

その頃のなりたいイメージとは、カンター・バーのようなところで、
一人で飲む姿というのがステータスとしてあった。
そんな姿をさらけ出していれば、ある日、
やはり、どんなオヤジかと気になるものらしく、顔を覗き込みにくる女性もいたものだ。

ただし不細工なオヤジに、「ナーンだ。」と失望感を与えたかもしれない。
そんなこんなもあって、
行きつけのお店から表彰状を貰ってもいいくらい通いつめた。
当然、お店も私を大事にしてくれた。

このブログを読んでくれている皆さんから、そんなことかと思われるかもしれないが。
そのくだらないイメージでも、誰がなんと言おうと、それでも実現したのだ。
そして、
そのイメージについて言えば、しっかり常に持っていたと言える。
そのことにいまは、自分なりに、非常に思うところがある。

さらに言えば、望んで入った大学は中退したが、ほとんど実力もないのに、
それでも希望校へ行けたのだ。予備校も行けず、仕事もしながら。
どうやって勉強していいかもわからなくても。とにかく、知らずに、
その大学にあったシンボリックな建物のイメージングをし、目指していた。

当然、滑り止めなどしない。できる経済状況ではなかったからだ。
他の大学へいくことは自分の姿は、まったく考えられなかったというのも大きいと思う。

そして、もう一つ。
ただでさえ入るのが難しい映像世界の現場に行けたことだ。
しかも、資格として、まず最低限、自動車免許がないとダメだと言われた私が、
映像世界に行きたいというイメージングをして、行けたのだ。

気がついてみると、
すべてイメージ通りに生きてきた。

イメージジングの大切さは、私は、実体験から充分すぎるほど知っていたのだ。
知らなかったのは、成功法則の基本原理だけだった。

だから、その使い方を充分に活かすことができなかった。つまらないレベルで、
それを活用していただけだった。これからは、積極的に、成功法則に則って活用していくと決めている。

タイトルとURLをコピーしました