フィリピン・見たいものを見せてくれる世界の層 #19-0061

フィリピン

フィリピン・夢見ブログ的に世界の層を見る

経済的な事情で、私がフィリピンへ行けなくなって久しい。アッという間の7年が過ぎた。
そう遠くない時期に、また行きたいと思う。行かなければと思っている。
ただSkypeという優れたツールがあるおかげで、私は、フィリピンの彼女といまでも繋がって居られる。とはいえ、リアルな世界を体験したい。

本日のブログでは、フィリピンの独特の気分や空気をなんとか伝えてみたい。ただし、取るに足りない材料の風景写真を見るだけになるが、そこには、私たちを取り巻く世界の層のちょっとした気分や物語が、閉じ込めらている。

私は、夢見というブログを書いているが、フィリピンのストーリーとは、一見、全く無関係に、
思われるだろうと思うが、私から言えば、そうじゃない。私が、夢見という概念に酔いしれるようになったのは、ある意味、フィリピンの風景に因果関係を持つし、培ってもくれている。その関係性をうまく伝えることは、まだできない。いづれできるようになるだろう。

夢見という私の思考のスタイルが、フィリピンの世界の層を創り出しているということが、一つの答えでもある。もっと平たく言えば、夢見という概念を持っている私だから、このフィリピンの世界の層に、独自の興味を持ちだしたということかもしれない。少なくも、その時点では、無関係ではない。

私が2007年に2度目のフィリピンに行ったとき、私がフィリピンに持つイメージは大きく変わっていた。文字通り、余裕がややあって見方が拡がった。いろんな事象の中に意味を感じ始めていたのだ。

クリスマスツリー

彼女の家(Bahay)に訪れてて最初に飛び込んだのは、玄関にあったクリスマスツリーだ。
それを眺め見た私は、彼女の温かいハートを感じた。この国の土着として宗教が根付き、まだ小さかった子どもたちのために、彼女がクリスマスがどれほど大切かを伝えるツールとしておかれていたのだ。おそらく、隣町の大きなパブリックモールで買ったものだろう。

常夏の国の宿命として、ただただ熱い日常に、「ポン!」と生活のポイントにアクセントを投じたいという気持ちが込められたものだと思った。何も変化のない田舎町に、クリスマスツリーを置いたことで、子どもたちは、喜んだ。なぜなら、クリスマスが近いということで、生活のリズムが「何かしら…楽しい」という期待値を抱かせたのだから。

黒ヤギの運命

私が、彼女の家に来た時に、黒ヤギがいた。私が最初に思ったのは、「あー、ヤギがいるんだ…」だった。「なるほどね…」と独り言ちた。何がなるほどなのか、説明は付けにくい。あえて言うなら、自然とともにある生活てしいるのだな…という思いか。

このヤギのほかに、2頭ぐらいいたように思ったが、あまり見かけなかった。恐らく、裏の野原に放し飼いにして自由にさせているのかもしれなかった…。私が印象深ったのは、彼女の家のキッチンの裏庭で、ぼんやり外に出て過ごしていると、彼女の2番目のお兄さんと、出くわした。白いヤギを連れてどこかへ散歩に出て帰ってきたという感じだった。

ヤギに曳かれてという感じか。2番目のお兄さんは、物静かで、ある意味、それが怖い感じに映った。実は、根っから優しく、まじめな方らしい。ヤギとともに、餌になる草を刈って戻ってきたところだ。私に会うと、口元に少しスマイルを浮かべて、会釈する私に応えた。話をすべきだが、会話ができない。知ってる単語もなく、言葉が出ない。

彼女の田舎でいろんな日常を体験している私も、まもなく、フィリピンに滞在して、ほぼ10日くらいになると、そろそろ私も帰国する準備をしなければならい。そんなある日、私が、彼女に「黒いヤギ居なくなったね?」と聞くと、「タベタ」という返事だ。
「えー、食べちゃったの…、いつ…」と聞き返して、「そうか…」と思うしかなかった。

キッチンの外の流しのようなところに、黒ヤギの首があるという。「ミタライイヨ」という。
そんなもの、見られるか…と、正直、思った。

あっけない黒ヤギの刹那だった。

魚売りのおばさん

当時40代くらいの女性が、ほぼ毎朝、彼女の家にトライシクルのバイクでやってきて、魚や野菜などを小売りしに来ていた。この方は、彼女とは遠い、かなり遠い親戚らしい。

何とも切ないのは、この女性の旦那さんが、別の女性とどこかへ行ってしまったらしいことだ。
フィリピンでは、よくあるパターンだ。鳴くのはいつも女性だ。男性は、仕事もなく、ブラブラして、出稼ぎで仕事しても、しまいに帰ってこなくなったりする。

結局、この魚売りのおばさんが、子どもたちもいたりして、仕方なく生活のために日銭を稼ぐということだ。小さな元手で、そう稼げるはずもない。しかも、魚主体で、気の毒なのは、すぐにアシが付くことだ。彼女も言っていた。魚が腐臭で臭いと。結局、売れ残れば、捨てることになる。このあたりは、「生活の重さ」を感じるところだ。

私が日本に帰ってきて、彼女とのやり取りで、この魚屋さんに、無理筋でお金を借りることもあることだ。彼女ばかりではない。彼女が小売りする先々で、そういう依頼や、支払いを待ってくれというようなことも、受け入れなければならないことがある。それは、決して少なくない。そんなことが重なれば、このおばさんもビジネスができなくなる。

仕事を休む。

その先に、長く休むがあり、そのうちに、「魚売りのおばさん、最近、どうした?」と聞くと、
彼女も、「シゴト、ヤメチャッタ」「そう…う…む」か、可哀そうに。私にも責任にいったんがあるようで、辛い。

こうしたことも、フィリピンでは、よくあるケースでもある。

夢見ブログ的なまとめ

フィリピンの写真の眺め見て、こんなことがあったなとふと思い出した。
だが、夢見という観点からいうと、これは、私の心が創り出した物語で、風景でもあるのだ。

夢見ブログ的に、一つ次の引用をしておこう

「もし現実への接し方を自分で意識的にコントロールするならば、世界の自分の層を一新できるということは、誰も思いつかないのだ。取り巻く世界は、世界に対するあなたの見方通りになっていく。」
([トランサーフィン 鏡の「超」法則より] ヴァジム・ゼランド【著】ほおじろえいいち【監修】須貝正浩【訳】 p183 より引用)

タイトルとURLをコピーしました