夢見心地☆自分のもの ★20#0453

フィリピン-ピリピン

ある日の朝、私は、ある種の違和感を感じた。どのような違和感かというと、
例えば、私が「こうしよう」「こうしたい」とする気持ちと
現実が、妙にチグハグで、悩まされた。

考えてみれば、半年以上前になるが、ノートPCの動作に悩まされていた。
起動がとにかく遅いこと。
それも既にインストール済みのものと異なる別の廉価なウィルス・ソフトに
入れ替えてからのことだった。

また朝の寝起きや食事、その他日常的に必要なこと全般に亘って、
PCの動作の処理の遅さや起動にリンクしたかのよ0うに、
さまざまな誤差が出て。チグハグニなった。

このブログを書くにあたっては、いつも凡その方針があって書いているが。
今日も、その方針は、ある程度決まっていて、すぐにかけたはずなのだが…。

それが、
一時間以上を大幅に無駄にしたあげく、ようやくいま書き始めることができた。

そもそもこんな書き出しは、予定になかったのだ。
だた、このチグハグさには、何らかの意味があるように思えてならなかったので、
この記述をまずしておきたかった。

で、この個人的なレベル朝のチグハグさは、
それぞれが、おそらく何らかの形でリンクしていそうな予感をさせるもので。

例えば、
社会面などを賑わせている様々なこと。
最近でいえば、新型コロナウィルスにまつわる出来事。
感染による被害の増大や自粛による経済問題の被害など。

あるいは、
大儀もへったくれもない。節操もない傲慢な政権の態度。
その他、数多ある政治や経済・外交、社会問題等で。
実は、あげたらいくらでもあり、規模の大きなことやまたどんな小さな問題でも、
現実で起きているあれやこれやのこと。

いま望んでいないことのネガティブな出来事がオンパレードで現実化されている。
こうしたこと事実が、
すべて私の深い部分で、決して無縁で起きていないということを
直感できてしまうことだ。

というのも、
いままで当ブログで述べてきている言い方をあえてすれば、

ジョー・ビタリー博士が示唆する

  「全世界はあなたの心のなかにあるのです。」
(「ザ・キー」ジョー・ビタリー[著]鈴木彩子/今泉敦子[訳]イースト・プレス)

と述べているように、これは、信じても信じなくても、
すべて、私の意識の中で、起きていることなのだ。

正しく、言い換えれば、私の顕在意識では、絶対望んではいないものを創り出した
その結果としての物理的現実があり、それが”いま”なのだ。

で、このある種の不愉快な混沌さは、望まないものをいま目の前にして、
うんざりするくらい見つめ対比することである。

私たちが試され。
逆に、新たな望ましい姿が育まれるためには必要不可欠な、
あるいはシフトする狭間にある粘性の名残のような現実。
私たちは、その隙間時間を見ているのかもしれないとも思う。

私が、このことの気づきを得る前に、
松下幸之助氏の「大切なこと」(松下幸之助=文:江村信一=絵 PHP)の
≪自分のもの≫の項目に思わず注意が向いた。

松下幸之助氏の洞察の深さに、つくづく驚く。
学ぶべきところの多い項目だ。

短い文章に、自己の存在について明確に示しているからだ。

   「自分の身体は、自分のものであって、自分のものでない。
    血のめぐり、内臓の働き、どれ一つとってみても、自分の意志によって
    動いているものはない。」

    (前出:「大切なこと」より引用)

という示唆だ。

私は、どちらかといえば、意識というものについて、
注意が分散的なものばかり向いていたが、「はっ」と気づかされた示唆だと思う。
これまでの得た意識についての理解をさらに深めるメッセージになった。

幸之助氏は言う。

   私たちの身体は、
   「大きな自然の恵みで生かされているいわば天からの授かりもの」
    (前出:「大切なこと」より引用)

とある。

また身体だけでなく、

   「自分のお金、自分の仕事、自分の財産。自分のものと言えば
    自分のものだけれど。
    これもやっぱり世の中から授かったもの。」
 
   (前出:「大切なこと」より引用)

だという指摘がなされる。

この幸之助氏の言葉を受けて、
医学博士であり、スピリチュアリストのディーパック・チョプラ博士の示唆から学ぶと、
意識と物理的な現実との関係においての理解が一層、深まる。

ディーパック・チョプラ~魂を語る
という過去にあったYouTubeの動画によれば、

その中で、チョプラ博士は、次のように語っている。

 「まずよく分かっておかなくてはならないことは、
  あなたの魂はあなたの体にあるのではないということです。」
 
(前出:「ディーパック・チョプラ~魂を語る」
  過去にあったYouTubeの動画”現在動画のURLは見当たらず”より)

という。さらに、

 「魂というは、時空を超えたところにある大元の意識です。」
 (前出:「ディーパック・チョプラ~魂を語る」
  過去にあったYouTubeの動画”現在動画のURLは見当たらず”より)

と示唆し、

 「意識なしにあなたの体験は、何一つ存在しないのです。」
 (前出:「ディーパック・チョプラ~魂を語る」
  過去にあったYouTubeの動画”現在動画のURLは見当たらず”より)

という。

 「意識は物質世界を超越したところにあるのです。」
 (前出:「ディーパック・チョプラ~魂を語る」
  過去にあったYouTubeの動画”現在動画のURLは見当たらず”より)

と、説明している。

もちろん、
この示唆を受け入れられるかどうかは、人によって違うだろう…が。

としても、

  ”自分の身体は、天からの授かりもの”

という幸之助氏の言葉を考えてみた時、
私たちの物理的な現実における私たちの肉体というのは、
デスクトップに作成した、
まさにショートカットそのもののように思えた瞬間であった。



戻る | ★前日の記事を読む

★過去リンク
夢見についての気づき 2020年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/yumemi/1084/

夢見についての気づき 2019年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/2798/

コメント

タイトルとURLをコピーしました