夢見心地☆心の中のイメージと現実化 ★20#0460

フィリピン-ピリピン

私たちは、この世界に生を受けた瞬間から、
自身の五感を通して物質化された現実と向き合い成長しながら
そのリアリティを日々体験している。

通常なら、物理的な現実のあまりにリアルな状況・状態について、
私たち自身の「意識」によって巧みに創出された幻想である
という疑念を抱くことは、まず難しい。

たとえ、それがいま信じるに足らなくても、
私たちの物理的現実は、なおも幻想であると申し述べておきたい。

なぜなら、「私たち」あるいは「私」は、突き詰めれば「意識」だからだ。

この物理的現実・世界は、私たちの「意識」の産物だといえる。

このことは、過去の先人達が、すでに気づいており、
後に続く私たちのために示唆を残している。

あなたが経験するものは、現実化し、
目に見える形になった心の中のイメージです。

いまからおよそ90年以上前の1929年に出版された
「マスターの教え」
(ジョン・マクドナルド【著】 山川紘矢+亜希子【訳】 飛鳥新社)

には、鋭い深い示唆がある。

 「五感を通してあなたが経験するものは、現実化し、
  目に見える形になった心の中のイメージです。」
 
     (前出:「マスターの教え」p69より引用)

このメッセージは、実にシンプルながら、それでいて多くの示唆を含んでいる。

この「マスターの教え」は、
私たちの人生を、望む現実により正しく導くための成功法則本として
真価を問う歴史の厳しい試練を経て今日まで、
私たちの道しるべとなってくれている。

上述の「五感を通してあなたが経験するものは、現実化し、
目に見える形になった心の中のイメージです。」という言葉には、
重要な文言がある。それが、締めくくりの「心の中のイメージです。」
とあるところだ。

「五感を通して」受け取った物理的現実の認識は、
「心の中のイメージです」と、さらりと述べているが。
別言すると、私たちの「意識による」認識がなければ、
世界は存在しないということを述べたのと同義だ。

「意識」があって、初めてこの世界を認識できる。
もし認識ができなければ、それは”何も無い”ということと
同義なのだ。その意味において、物理的現実は、幻想だとも言える。

この「五感を通してあなたが経験するものは、現実化し、
目に見える形になった心の中のイメージです。」

というメッセージを裏返しに反転させると、
次のような置き換えができる。

  「心の中に、あるものごとや、状態、状況などをはっきりとした形で
   イメージし、意識することは、それ自体がすでに現実なのです。」

      (前出:「マスターの教え」p69より引用)

以上の二つのメッセージから
私たちの目の前の物理的現実は、
私たちの意識の鏡のような反映であることが分かる。

つまり、
私たちが日々いつも何気なく見ている物理的現実というものは、
私たちの「意識レベル」においては、私たちの内側からも、
またはその反映の外側の世界からも、相互に多大な影響を与えたり
受けたりしていることを意味する。

この世界が、私たちの「心の投影」だと認識し同意できるなら、
それは、成功法則というものを考える上で、
きわめて好都合なことだと思えないだろうか。

どういうことことか。

私たちにとって、通常、物理的現実は、望まないことが多く起こりやすい。
それは、多くの場合、
私たちの意識レベルがネガティブに設定されているからで、
それを反映を体験しているからで。

私たちの意識レベルを、意図的に上々に押し上げ、
心の中を望む現実にイメージングできれば、
物理的現実は、変更可能であることを意味している。

なぜなら、この物理的現実は、
五感を通して見た世界が、どれほどリアルに再生されていても、
私たちの意識レベルに依存もしているからだ。



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★過去リンク
夢見についての気づき 2020年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/yumemi/1084/

夢見についての気づき 2019年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/2798/

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