夢見心地☆プロセス ★19#0011

天王洲 isle夜景 夢見空間

Youtubeの動画を見ているときに、ふと、目の前の動画から流れてくる映像とは、意識は二分され、別のことを考えていた。

目の前の動画は見ているのだが、考えていることは別のことだった。見ていた動画は、ピーチフラワーという日本人の奥さんとニュージランドの旦那さんと間にできた幼い三姉妹の動画で、日本語と英語を駆使するバイリンガルということが売りにもなっている可愛いらしい動画だ。

この動画で、スィーツの紹介をしていたが。半意識で、それを見つつも、意識は”シフティング”ということを考えていた。現在、私は、品川区に住んでおり、品川の駅に近いところにいる。そして、半意識で考えていたのは、私自身が、幼児だったころに住んでいた場所についてだった。それは、同じく品川区内なのだが、大森駅に近いエリアだった。

そこに住んでいたのはもう数十年前のかなり昔の頃のことだ。私が、何をどう考えていたかというと、私は、今経済的には、どん底にいるが、その生活において学んでいることは、とても大きいものだなということだった。確かに、お金が足りないということは、きつい。もういい。もういやだ。こんな状態は、もう、いい加減勘弁してほしいと思っている。

そう思いながら、私は、子どものころにいた地域のことを考えながら、ふと感じた。
大森駅に近いところにいた頃も、私の母が、生活苦にあえいでいた。私はそんな家の状況の中に生まれたのだなと思った。そして、物心がややつき出したころ、大井町の区域の下神明と呼ばれる地域に移り住んだ。小学校に上がる前だ。

私が動画を見ながら、何を思ったかと言えば、大森駅近くの住まい、そして下神明駅周辺の地域の住まいに移り住んだその意味と、シフティングについてだ。
なぜ、いま私は、そこにいなくて、あるいは、住まう先を転々としたのか?だった。
それは、そこでの学びが終わったからだという答えになった。

もちろん、普通に考えれば、親の事情で、引っ越ししたという解釈になる。でも、それはただ現象を単に評価しただけに過ぎない。そこからは、何の学びもないと言っているに過ぎない。私に言わせれば、シフトした意味の本質を理解していないということになる。

正直、幼い時代にいた場所から、引っ越しで転々としたことには、私のまだ理解し得ない学びがあったのだろうと漠然と思うだけだ。おそらくそれでいいのだろう。神は、急いでいないので、私には、その後の人生も与えてくれたのだ。つまり私に、追加で与えられた人生の時間を通じて理解すればいいよという意味なのだろうと思った。

ただ、幼い時に、貧しかった体験は、母の背中におぶさって切ない思いが情緒として、私の心の中に、浸み込んだ。その後、年齢を重ねながら、その貧しさへの思いの情緒も変わっていった。

そうはいっても、私にも、良いときはあった。社会に出て、仕事をするようになってからだ。しかも、念願だった映像の世界で、多少は華やかな思いもした。

そして今、2017年に降って沸いたように、どん底に落ちた。ここ数年、本当に経済的に苦しい。プライドもどうもこうも何もない。生活のお金のために、恥も掻いてきた。それが私が向き合うべき学びだったのかもと思っている。必要なものが、神から与えられているのだ。

私は、現在の品川駅近くに住んで、かなりの年数になるが、10代までは、4-5か所、転々としていた。その理由を考えるとき、その場所にいる必要があったのだという答えが出てきた。
どういう必要かわからないが、転々としたそれぞれの地域に私自身の成長のために、そこ、ここへ移動する。その必要があった。そう考えている。

つまり、転々とする必要と、そこでの学びが済んで別な場所へ移動する、シフトする必要があったのだなという思いをつくづく感じた。なんという贅沢な学びなのだろうとさえ思う。
その必要が無くなって、いま、現在までいるところ、品川駅に近いあたありに長く住んでいる。それは、まだここで、学ぶべきことがあるという意味なのだろうと解釈している。

そう全体を思うとき、今どん底を体験している。今、この場所で、苦しんでいることには、重要な意味があり、いや少なくとも、こんなブログを書くような性分になったということは、ありがたいことだと思っている。私は、今どん底にあることに感謝している。実にありがたい。なぜなら、学びが多いからだ。そういう、私は、シフティングのプロセスの中にいるのだなと。

そして、昔済んでいたところへは、もう戻る必要もないことも理解している。人生には、無駄な学びなどはないのだ。常に、「いま、ここ」なのだ。ここに意味がある。今見ている世界に意味がある。

幼いハーフの子どもたちの出ているYouTubeを半意識で、見ながら、そんなことを思った。

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