2011年2月5日 フィリピン2日目の朝
毎日、どのように過ごすかは、彼女がほとんど企画している。その内容に、私は満足していた。特に、今朝は、天気がいい。どこへ行くのだろうと思っていると、モールだという。
「どこの?」と聞いても、彼女は、あまりきちんと答えない。面倒くさいというのと、説明しても分からないだろうというのがあるようだ。
行くことは決まったが、その前に支度もある。彼女は、基本的に洗濯をしない。洗濯すると、手が荒れるので嫌なのだという。それで、子どもの面倒をみてくれているおばさんが、子どもたちの洗濯物などを彼女の代わりにしてくれる。フィリピンは、独特の共同社会がある。助け合いという方が正しいと思うが。
フィリピンは、下層の人々は、特に相互共助の考え方をする。誰かがお金をある程度得られる状況があると、何らかのヘルパーさんを雇う。それが近所の顔馴染みの人だったりする。例えば、子どもの面倒を見てくれるおばさんは、この当時60前後の方だ。彼女に言わせると、昔からよく知っているマニラに在住している方だ。
詳しいことは聞いていないが、この方にも、子どもたちがいるが、それぞれに独立しているようだ。だが、家族全体としては、決して裕福とは言えない。このおばさんも何らの仕事を欲しているが。フィリピンでは、若くてもなかなか仕事がない。そういう事情は、彼女を含め下層の人々は、充分お互いのことを知り尽くしている。
相互共助の考え方は、お互いその事情を知り尽くした上で、比較的にいま金回りの良い方が、困っている側にお手伝いをしてもらう。そういうことが、嫌みでなく、自然に行われている関係があるようだ。だから、どちらが優勢ということもなく、その関係が変わることもある。
日本では、見栄やプライドもあり、なかなかそういう関係は成り立たないと思うが。フィリピンは、合理的に相互依存し合う。持っている側が、持っていない側へ、さりげなくシェアする。フィリピンの下層の人々は、そのあたりの心の機微をお互いによく知り尽くしている。フィリピン人は、国民性が温かいというのが、私の知った感想だ。
フィリピンについての印象と可能性
私が、フィリピンへ来て驚いたのは、その発展ぶりだった。正直、発展途上の国という思いこみを持っていた。それは、全くの間違いだった。最初にフィリピンに来た時、ケソンの街を歩いたが。その時の印象は発展途上の国どころか、最先端の街という驚きだった。街が非常に美しいこと。高層ビル群の乱立。それらが最先端の技術でデザインされていた。
もちろんマカティやケソンの多くのビル群は、西側欧米諸国の資本によるものだろう。そのため、貧富の差は際立って激しいが。この美しい街の成り立ちは近未来の街のように感じた。そして、可能性を感じた。確かに、マニラの一部は、危ないとされているが。これらのエリアでは、そんな危険はほとんどないらしいし、感じることもない。
私が感じた可能性とは、マニラから犯罪が少なくなれば、多くの資本が入り、豊かさをもたらすだろうという確信だ。その意味で、誤解もされているが現在のドゥテルテ大統領の行っている腐敗の浄化作戦や治安維持のためのの英断は必要なことだと思う。何よりもフィリピンに住む人々が、犯罪が少なくなることを望んでいる。私もそのひとりだ。
ドゥテルテ大統領こそは、かつてダバオ市長として治安の回復で多大な評価を受け実績を持った方だ。このドゥテルテ大統領は、時代が必要とした人物で、必ずフィリピンに安全な国造りを実現するだろうと思う。そうなれば貧しさも豊かさへと変わっていく。フィリピン人の明るさとまじめさで、いづれその日が、案外近いだろうと感じている。
やや硬い話になったので、話を変えさせていただく。
午後からメガ・モールへ
私は、アジア最大級のPasay市にあるSMモールに行って、その規模に、非常に驚いたし圧倒された。だが、フィリピンの凄さは、Pasay 市のSMモールだけではなかった。この日、彼女が私を連れて行ったメガ・モールがそれだ。
すでに名前が凄い。SMメガ・モールだなんて。その名を聞いたとき、ジョークの一つかと思ったが、そこへ行って、度肝を抜いた。 まず、私たちはPasayのホテルから、タクシーで、EDSAを東側方向に向かいつつ北上した。
現時点で、地理感覚がないため、うまく説明できないが、どこかで高架の道路を上り詰めた。Pasayの街が一瞬、見渡させるような爽快な景色になった。その一部には、高層ビル群を進行方向に眺め見て、さらにそこを降りた
その後、鉄道と並んで国道が張り抜ける道をグングン突き進んだ。この辺りは、とにかく、初めての地で地理感覚の記憶が怪しい。部分部分の印象的なところは正しくても、全体として見たとき説明の筋立てで、勘違いしているところもあるかと思う。そこはお許し願いたい。EDSAの道を突き進んで、メガ・モールに辿り着いた。
外から一見して受けた外観の印象は、「メガ・モール?って何がなの…」という印象だ。それは中に入ってから驚いた。「デカイ!!」なんてもんじゃない。「何だコレは?」という迫力満点のデカさだ。あえて大げさな表現を体感で言うなら、日本の私鉄の駅から駅までの一区間が丸ごとショッピングモールというイメージだ。高さは5階まであった。
日本には、こんなの巨大なモールは、おそらくないだろう。とにかく、デカイ、広い。長い距離のモール内を歩く。楽しさは、満点だ。ワクワクする。どこまで行っても、ショッピング・モール。途中で、私たちは、休憩をした。ケーキなどがあるカフェで、飲み物とお菓子を楽しんだ。私は、ひどくうれしかった。楽しかった。子どもたちも楽しんだようだ。
だが、基本は「ミル(見る)、ミル(見る)」だけ。彼女は、私たちを地下のフードコーナーまで誘って、食材を買い込んだ。再び、私たちは、EDSAを南下するように下って、Pasayのホテルに着いた。
☆フィリピンお役立ち情報・ひとくちメモ
実際にSMメガ・モールは2つの駅にほぼ挟まれるほどの大きさだった…
[su_note note_color=”#fffad9″ radius=”6″] SMメガ・モールは、 なるほどフィリピンの富裕層が多いマンダルヨン市にある巨大モールで。このブログの記事中で、イメージ的にその大きさを日本の私鉄の一駅分ぐらいあると記述したが、実際、地図で確認するとフィリピンの鉄道MRTの駅、オルティガス駅とショーブールヴァード駅の間にあって、ほぼ一駅分ほどの長さがあるようだ。
敷地面積は、世界規模の大きさだ。それでも世界には、SMメガ・モールよりさらに大規模なものがまだ数か所あるようだ。ちなみに、SMメガ・モールは、地上5階で、地下1階まである。フィリピンに来たら、ぜひ、ここには寄った方がいいだろう。 [/su_note]