フィリピンは、地縁による助け合いが発達している
フィリピンでは、居住区全体が、助け合いによるひとつの共同体のような関係を保つことがあるようだ。貧しい田舎では、特にその傾向は強いように思う。
どういうことかと言えば、経済的に少しでも楽であれば、仕事を作って、経済的に貧しい人を雇うというような関係だ。ここに難しい理念などない。極めて単純な助け合いだけがある。
そこに、昔の誰もが貧しかった頃の日本の姿とダブるものがある。
私がフィリピンを好きになった理由が、そこにある。つまり人間らしい情愛が、国として誰の心にもあるのだ。フィリピン人の人懐っこい性格と関係しているのかもしれない。
具体的にお話ししよう。
私の彼女は、洗濯を嫌がる。洗濯が嫌いなのではなく、詳しくはわからないが、洗濯をすると、フィリピンの洗剤が合わないらしく、手荒れがひどくなるということで、洗濯しないのだという。その代わりを誰が、請け負う。
彼女の場合、兄弟たち皆が男ばかりで、しかも、みなお兄さんたちだ。年齢もかなりいっている。しかも、長らく仕事がないという状態に慣れすぎて、また国全体の国力もあり、仕事がなく、仕事を日常的に行うというスタイルがない。それを言いと思っているわけではないが、本人たちもどうしていいかわからないという面もある。学歴もない。年齢も年齢だし。
ご近所のおばさんに洗濯していただいている
そういう環境の中にあって、彼女は、洗濯をご近所さんの誰かに依頼せざるを得ない。洗濯機は2-3年前にあった。だが、水道は、現在はあるが、数年前まで、井戸水だった。それで洗濯機は、ちょっと使い勝手が悪い。結果、手洗いをしてくれる人を探す。彼女のお父さんが生きていたころには、おそらく、お父さんが、洗濯を担っていたところもあるようだ。
そのお父さんは、すでに他界して久しい。一方、
居住区周辺の人々も経済的には、困窮しているケースが多々ある。スタンダードな状態という方が正しい。仕事は欲しいが仕事らしい仕事はなかなかない都会でもそうだが、田舎は、もっとない現状がある。当然、仕事がないので、選択肢がない。
仕事があれば仕事したいと誰もが思っている
何か手ごろ感があれば、良いも悪いもない、とにかく日銭を稼ぐことを優先している。
彼女の場合。ご近所のおばさんに洗濯をお願いしている。一日置きに、かなりの分量の洗濯を午前中いっぱいを使って、洗濯しているらしい。井戸の水出しを家族の誰かが担うようだ。主に子どもたちだったりする。
洗濯女などと書くと、どこか侮蔑を含んだ言い方のように感じられるかもしれないが、そんな意図は一切ない。むしろ人間の情緒の幅の形成を育むために必要なという意味で、文学的な意味合いで、この言葉をあえて使わせていただく。洗濯女などという言葉は、1830年代ー50年代の頃のロシア文学などには、よく登場する言葉だ。
洗濯女という言い方を、人権意識の過剰な差別と紐づけ結びつけることは、賛成できない。人間社会が発展し通り抜けなければいけないプロセスを一面的な概念で、そうした言葉を切り捨てていこうとする態度は、人間の文化の幅を極端に制限をかけるもので、多様性のない偏重過ぎに陥るという意味で、私は遠慮なく人間文化の多様な発展のためにあえて使うこととする。
洗濯おばさんの報酬は、一周間3回分の洗濯で800ペソ
話が、逸れてしまうので、元に戻そう。
彼女は、ご近所のおばさんに相応の報酬を用意し(一週間に3回の洗濯で、800ペソ=1600円)、そのおばさんに洗濯をお願いしている。ただ、共同体というのは、そこから始まる。そのおばさんも年齢であり、仕事を選ぶどころか、生活のために、彼女からもらったわずかな給金をあてにしてその仕事を請け負ってくれている。
当然、このおばさんの生活事情も付き合いの中で、見えてくる。知り得てくる。例えば、このおばさんには、本来、入院や何らかの手術を必要とする病人(旦那さん)を抱えており、生活は、かなり厳しいようだ。通院だけでなく、時折、いわゆる「病に倒れる」というような床に伏すような症状も出るらしい。当然、その時は、わずかな洗濯での日銭だけでは、足りない。
泣き落としの辛さ
そんな時、日本人の私が彼女の背後に見えることから、病院代の前借りを依頼してくるときがある。ときには、同情の気持ちもあり、多少は病院治療費を工面して差し上げることもある。とはいえ、いつもそれができるわけではない。こちらの生活費も厳しいときがある。その場合、そのおばさんは、病人の旦那さんをあえて連れてくるという。
旦那さんは、やせ細った身体に無理を押して、やっとの思いで、そのおばさんと彼女の家までやってくる。彼女の前に現れて、泣きながら、援助を依頼してくるという。私は、Skypeで、何度か旦那さんが来たこと聞かされる。気の毒には思う。私自身責任を感じてしまう。
そして、そのおばさんのすることは、泣きながら、彼女にすがるのだ。いま彼女の経済的な状態も、決して楽ではない。彼女にしてみれば、どうにもしてあげられず、イラ立ちもある。それもすべて、私のどん底の状態を反映して、彼女も苦しいからだ。
一方、共同体という意味では、そんな彼女も、ご近所の食堂で、仕事があれば働いてもいる。ちなみにフィリピンの現状を知っていただきたいという意味で、あえてその報酬がどれほどかをお知らせしよう。
フィリピンでは、人件費がとても安い。
彼女によれば、朝6時ごろから仕事に行き、夕方の6時ごろまでだという。立ち仕事で、掃除したり、料理をつくったりしているらしい。それで、報酬は、一日250ペソ(\500円程度)だという。食堂なので、昼は、そこで食事が出るらしいが。
現状を知るうえで、わかりやすい例を出そう。フィリピンには、セブンイレブンなどのコンビニが多数進出している。そこでの、時給は、65ペソ(130円程度)だというのを、YouTubeの動画で見たことある。3-4時間程度の仕事らしいが。日本に比べて、かなり安いのに驚く。
彼女の食堂での仕事は、かなり疲れるという。彼女も、日本でホステスで働いたことがあるので、安い報酬に馬鹿らしいと思っているようだ。だが、フィリピンでは、この程度の安い報酬が一般的だという。決して珍しくない。
農業の一日仕事で、250ペソ程度が相場
もう少し突っ込んで言うと、例えば、彼女のファミリーが持っている田畑で、お米を作っているが、田植えやお米の収穫などにお手伝いを頼むことがあるが、一日仕事で、やはり相場的には、食事付きで、250ペソから良くて300ペソ程度だという。
共同体という意味で、彼女の従妹がフランス人の旦那さんとフランスで、そこそこの生活をしているらしい。詳しくはわからないが、ビジネスの都合で、フランス人の旦那さんのお母さんの世話や面倒を見てほしいということで、過去に二度ほど、3か月間、彼女は手伝いに行った。
そこそこ、食堂で働くよりかは、かなり報酬はよかったが。といっても、わずかに良いだけだ。
そのように、彼女もだれかにお手伝いを頼み、彼女自身も誰かのお手伝いをすることがある。そういう、地縁関係による、相互依存の関係がフィリピンにはあるのだ。