フィリピン・ハロウィンで喚起した思い #19-0062

祈り ハロウィーン

フィリピンのハロウィンの言葉のイメージで嬉しく思えたこと

実は、一昨日、フィリピンの彼女とSkypeで話たときに、バギオで、カレッジ生活をする子どもたち、長男と長女の二人が帰ってくるという。
「えっ…、なんで?」というと、「ハロウィン ダカラ」と彼女。

この言葉を聞いて、2つの理由で、私は嬉しかった。
一つは、子どもたちが、すっかり大きくなって、自立し始め、長男と長女と二人して、
バギオの下宿先にそれぞれが移り住んでいるからだ。

気の強い彼女でも、やはり子ども二人が共にいないのは、寂しいに違いない。
これからますますそうなる。長男は、早晩カレッジを終えて、どこかで就職をすることになる。Pangasinanの田舎で育ち、カレッジのため高速バスで2時間以上離れたバギオに移り住んでいるが。

フィリピンの仕事がないという厳しい仕事事情

就職となれば、フィリピンには仕事がないので、外国で仕事をすることになるかもしれない。外国といっても日本や欧米などでなく、ドバイやサウジなどだったりするらしい。私は、それらの国の事情がどんなか知らないので、またイメージ的には、紛争地域が周辺に多いだけに、あまり賛成できない。

現在のフィリピン人が、外国で出稼ぎで仕事するケースが多いのは、いまは、こういった国が多いらしい。

豊かな国の人々の中で、良い機会に恵まれたフィリピン人がいる一方で、やはり間に入ったエージェントなどに騙されて、ごく一部だと思うが、酷い扱いを受けるケースもあるにはあるらしいという噂は少しばかり聞いている。
あくまでも無責任な噂話だが。噂話としてかなり誇張されていることは当然あるだろう。

真偽は、わからない。
どちらにせよ。よくわからない外国では、さも、ありなんと思えてしまうリアリティがあるだけに、できるだけ外国でなく言葉の通じるフィリピンで仕事を探して欲しいと願う。

その長男は、学業で田舎を離れ、バギオに数年いるので、母親である彼女とも離れて暮らすことが長くなっている。それだけに、このまま、また仕事の都合で海外でとなれば、子を思う母の気持ちが痛いほどわかるだけに、私には、言葉にしにくい切なさがある。

カレッジで、長女も学業生活が始まった

長女も、カレッジに入学したことで、2019年の8月から、兄のいるバギオの下宿先と近い場所に移り住んでいる。その点では、兄妹が傍にいるだけで、母親としては、ひとまず安心だろう。

長男、長女の二人が学業のために、彼女の元をいま遠く離れているので、私は彼女の気持ちをつい考えてしまう。その二人の子どもたちが、ハロウィンで、バギオから戻ってきた。昨日の夕方19:00頃、帰ってきたらしい。

今日の彼女は、どこかとても柔和だ。安堵のような表情が私に対する気持ちにもよく表れて優しい。ただ、そうはいっても、私の責任でもあるが、彼女の生活が金銭的に苦しい。
せっかく、子どもたちにごちそうしたくても、彼女としてはそれができない。可愛そうだなと私の不甲斐なさを申し訳なく思う。

skypeで彼女の娘と挨拶を交わした

skypeで彼女にコールすると、娘の声が聞こえた。彼女も、私と話をしなさいと言っているのだと思うが、娘が出た。「I love you!」というと、明るい声で、「ゲンキ?」と私に笑顔で、返す。「kumsta ka?(元気かい)」というと、「ゲンキ アリマス」と返してくる。

私は、必ず、「maganda ね(きれいだよ)」というと、恥ずかしそうに笑顔をいっぱいにしている。
彼女曰く、私と話すと、恥ずかしいそうだ。意識するらしい。
長男は、ベッドの上で、疲れたので寝ているという。
「起こさなくていいよ」

私が、今日ハロウィンで嬉しい気持ちになった2番目は、
「あ、ハロウィンか…」と、数年前に、子どもたちとパサイのホテルで、数日間過ごしたことを思い出したからだ。2012年ことだ。
子ども二人は、まだ高校生になった長男と、中学生になった長女、次男は、まだ小学生だった。

あっという間の7年は、あまりに早すぎた!

あっという間の7年。7年か

私は私で、本業のネット通販の仕事で、一度は躓き、その整理をし、それでもメーカーの配慮もあって、徐々にうまく行き始めた一方で、少額ながら借金を抱えていたし、その返済に追われていた。副業で、仕事しないわけにいかなかった。

その副業先で、パートの仕事の職場になじめない問題が生じ。解雇を言い渡された。
辞めたいと思っていたので、それはいい。だが、副業のパートの仕事も経済的には必要だっただけに、ダメージは大きかった。

ほぼ半年、パートの仕事がなく、経済的に苦しんだが、次のパートの職場で、仕事に質や会社の体質に非常に恵まれた。

話がそれてしまったので、元に戻そう。そういう背景の中で、2012年10月30日から4日まで、
いわゆるフィリピンのハロウィンの時に、彼女と子どもたちにパサイのホテルで過ごすこととなった。このハロウィンは、私には印象的な5日間を過ごした。楽しかった。

できるだけ早くフィリピンに行こうと決意!

彼女から申し出があった彼女の母親の墓参りcaloocanへいったことも、素敵な一日になった。
詳しくは、

フィリピン・彼女のお母さんのお墓参り その1 2012年代 #19-43
https://isle23ch.com/philippines/helloween/616/

に詳述している。

この時のことを彼女が、「ハロウィン ダヨ」の一言から、思い出していた。
私は、なるべく早い時期に、経済を立て直し、彼女に会いたいし、フィリピンに行きたいと思う。彼女お母さんのお墓詣りと、お父さんのお墓詣りをしたいと思う。

さらに言うと、
以前は、ブログに書くことをイメージしていなかったので、もっといろんな写真を撮っておくべきだったと思う。今度は動画も撮るつもりだ。

今日という日は、彼女の子どもたちが、彼女のもとに帰ってきたことで、彼女の心も明るくしていることに感謝だ。私は加えて、2012年のハロウィンの時に、行ったその時の思い出が懐かしく、できるだけ早くフィリピンに行けるよう頑張ろうと思わされた。

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