フィリピン・クリスマスイブの夜 #19-0030

別のアイスクリーム屋 クリスマス

教会へ

午前中から、今日はどんなクリスマスイブになるのか楽しみにいしていたのは、前回の記事でも書かせていただいた。どちらかというと、普通のやや手の込んだ催し物、あるいは綱引きがあった時点で運動会の準備みたい?という印象をもった。何か、ロマンティックなものを想像していただけに、期待外れではあった。

バランガイの広場に集まる人々

会場の設営はどんどん進む。個の田舎町のバランガイ(自治会・町内会)の広場は、子どもたちがたくさん集まっていた。音響機器からは、何やら、音声やら中途半端な音がなったりしている。いよいよ子どもたちの期待が、盛り上がる瞬間だ。

小さなジェットコースターもそこそこのイメージになってきた。ジェットコースターと言っても、スピードとスリル満点の迫力あるコースターではない。ある意味、トロッコみたいなものだ。小さな子どもたちも乗るので、そう危ないものは、設営するはずがない。ゆったりした手作り感満載のコースターだ。ジェットの名称はかなり言い過ぎだ。

外でのこうした設営がなされているときに、並行して、彼女の家で、私は子どもたちの写真撮影をしていたということになる。そろそろ日も暮れて、あたりがすっかり暗くなってきたとき、彼女から、教会に「イコウ」と誘われた。

すぐ近くの小さなモール傍にある白い教会へ

3番目のオニイサンが運転するトライシクルに乗った。長男は、バイクの後部座席に。長女は、バイクのタンクに上に。トライシクルの中は、私と彼女と次男が乗った。5分ほどで着いた。こんなところに教会があるなんて知らなかった。というのも、モールより少し先へ行くことはなかったからだ。

子どもたちは、おめかししている。私もちゃんとした格好するように命じられていた。
教会は、フットライトで、照らされ下から仰ぎ見た。意外に大きい正面口だった。このあたりの地域の人が集まり、すでにかなりの人出で賑わっている。人と人が肩ですれ違うのではないかと思うほどの人出だった。

私はこの時、カメラを持っていなかった。何という迂闊だろう。最高の夜を一枚の写真も残す事が出来ていない。非常に残念だ。3番目のオニイサンは、バイクをどこかに置きに行った。そのままバイク置き場に残ったようだ。

私と彼女と3人の子どもらは、彼女の誘導で、教会の中へ入った。

教会の中へ

驚いたのは、外の人でばかりではない。中は人であふれている。この正面の入り口にやっと立って、人が出て来るのを待つしかない。ところが、教会の中へ入りたい人の数に圧倒されて、空きができない。中には熱心なカトリックの信徒であふれている。熱気が凄い。

祭壇の向こうでは、神父さんの声だけが聞こえる。まるで歌っているような感じだ。教会の天井の中で、反響している。もちろん何を言っているか分からない。集まった人々に祈りをささげているのだろう。そして、中の熱気で、私の額はすでに汗で滲んでいた。暑い。正直、これは中には入れないなと思った。信仰の厚い彼女もあきらめたようだ。

彼女も、引き返すといった。3番目のオニイサンと合流し、また5分ほどの時間をかけて、バランガイの広場へ戻った。私は、部屋に帰るのかなと思ったが。彼女が私にお父さんに「アイサツシナサイ」という。「えー、なんて…」と思う。言葉は分からないし…。

別棟のお父さんの部屋

私と彼女と子どもたちは、お父さんのいる別棟の部屋に行った。お父さんは、建築途中の建物の中に作った部屋の中に住んでいた。この建物は、彼女が日本で稼いだお金で作ったもので。だがお金がなく、とりあえず建築を断念したものだ。

もう少し詳しく言うと、建物の一部(骨組みと外壁程度)しかない。ブロックを積み上げたもので。安全性に難がありそうだ。天井はあるが、コンクリの柱のみで、床もない。お父さんの部屋も雨風は、とりあえず凌げる程度の小屋同然だった。そこには、お父さん専用のベッドと小型のテレビだけしかない。

彼女は、お父さんを呼び出した。彼女が、「オトウサン 二 アイサツシテ」の意味が分からず。扉を開けて出てきたにこやかなお父さんに頭を下げて、十字を切った。すると彼女が、「オトウサン カミサマジャナイヨ ソレイラナイ」と笑いながら、半分怒りながら、私に注意した。「オトウサン ノ テニ キスシナサイ」という。

お父さんは、ただニコニコ笑うのみだった。私が手をとり、オトウサンの手の甲にキスをした。お父さんは笑顔でうなづいた。子どもたちも、同じようにしたようだ。私は、「なんだかな…」という気持ちでいっぱいだ。

バランガイのメインイベント

アイスクリーム屋

バランガイの広場では、人出であふれている。中に入るには、勇気がいる。私は日本人だし、ほどほどに遠慮がちにした。音楽も激しく鳴る。電飾も華やかな光を張っている。私たちは、一端、彼女の部屋に戻った。そこで、彼女からビールが差し出された。「メリークリスマス」の乾杯を彼女と二人でした。子どもたちは、外で楽しんでいる。

部屋の中で、二人で飲んで、私も外に出てみた。だが、あまりよく見えない。とにかく人が凄いので、何をやっているかわからない。彼女からは、メインイベントは、遅い時間に「オカマ ノ コンテスト ガ アル」と聞いた。しばらく外にいたが、あまり出向く気にならず、部屋で飲んだ。何か、妙に疲れた一日だ。

そうこうしているうちに、私は眠くなり朝まで寝てしまった。何ともったいない夜だった。彼女もあまり遅い時間まで、外にいなかったらしい。とはいえ、イベントは、ダンスやら何やらで、朝までやっていたらしい。

☆フィリピンお役立ち情報・ひとくちメモ

フィリピンには活気があふれている…

フィリピンに来て、 最初に驚くのは、子ども多さだ。とにかく、日本と違い、子どもだらけだ。とにかく幼児や諸学校前の子どもたち、小学生、中学生レベルの子たちと、子どもたちが人数で圧倒している。そして、老人が少ない。非常に少ない。日本と真逆だ。

子どもたちは、バランガイの広場で、バスケットボールをしたり、子どもたち同志が固まって話しあったり、笑っていたリする。子どもたちが多いというのは、とても活力のあることだと中高年ばかりの日本へ帰ってきてからつくづく感じた。子どもが多いというのは国として大切な要素だと思った。

いづれフィリピンの活躍する時代がくるだろう。頑張ってほしい。

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