フィリピン・再び河原へ天使の子らと #19-0031

帰国

2007年12月26日マニラへ戻る・午前中の水遊び。

クリスマス当日(25日)は、外でイベントがあったが、特に、昨日ほどの盛り上がりにはどこか欠けていた。そのためバランガイの様子をあえて見に行くことはなかった。そしていよいよ日本への帰国(27日)の準備となる。私が前回、水遊びと河原での食事会のことを、大変楽しかったと述べていたので、再び彼女がまたセッティングをしてくれた。

水遊び天使の子らたち

26日早朝、子どもたちだけでも、7-8人ほど集まった。私は、彼女とトライシクルで、河原に向かった。後の事はあまり気にしなかったが。適当にトライシクルやバイクなどで、他の皆がやってきた。今回は、メルヘンな牽引車は使わなかったようだ。もちろん彼女は、河原でする食事の内容やあれこれについて考えていたので、そのままを実行した。

ただ、河原の水が思いがけず少なかった。ひざ下のくるぶしくらいの水量で、10㎝-20cm程度で、とても泳ぐことはできない。それでも子どもたちは、水の中に入ればすぐに水の掛け合いが始まる。「キャッ、キャッ」と逃げながら、追いかけっこが始まる。少ない水量とはいえ、子どもたちの遊びは多様なものに変わる。

上流の方には瀧を作り出す棚の状の(階段の踊り場のような)箇所があり、その傍では、子どもたちが滝のように水を浴びている。濡れる顔を手で拭っては喜んでいる。子どもたちの遊びがある程度満足したころ、食事もできた。みな思い思いに食事を楽しんだ。子どもたちは、みなずぶ濡れだ。

昼前後からマニラへ向かう

ここまでは、前回同様にマニラに向かった。ただ一つ違うのは、インド人の血を引く若者が、マニラまで乗せてほしいということで、同行を受け入れた点。さらに、食事は、森の中のレストランではなく、有名なファースト・フード店に入った。費用は高くなるが、それでもハエの攻撃もなく、全体が清潔なイメージで安心して食事ができた。

マニラに向かうほど、国道は混んできた。といっても、流れはスムーズだ。マニラ市内
に入ったあたりで、インド人の混血の若者がそこで降りた。そこがどこなのか、私にはさっぱり分からない。今回は、EDSA沿いのPasayのホテルではなく、彼女のNavotasの実家で最終日を過ごすことになった。

Navotasは、どちらかと言えば貧困層が多く住んでいる地域だ。西側は、マニラ湾の海で、彼女の実家にたどり着くまで、ゴミ山でもあるのか、とても臭い地域があった。そもそもこの辺りは治安の悪いということで有名なTondoの近くでもあり、スラムのようなところも見かけた。

ワゴン車は、器用に細い路地を幾重にも曲がり、途中、教会や学校などを通過しながら彼女の実家に辿り着いた。空き地にワゴン車を置き、私たちの荷物を彼女部屋に運んだ。私たちが車から降りると、路地にいた人たちの好奇のまなざしの集中砲火だ。少なくとも、彼女は、ここで育ったので知り合いも多い。

彼女の友人が訪ねてくる。

誰に聞いたのか、すぐに噂になり、彼女の女友だちが遊びに来た。私のことを知っているという。片言の日本語で、前に店で(PUB)であったという。そうだったかなという疑問が残るが。記憶にない。それでも話はなんとなく打ち解ける。友達が来るのはいいが、この場合は、ある意味お金を貸してほしいと言ってくるらしい。

日本人の私と一緒なら、彼女がお金を持っていると勘違いされる。というか、日本人は、誰もが金持ちのように思われているので、注意がほんとに必要だ。フィリピン人の多くは、日本人はマナーがよく、安全な相手であり、しかも金払いが良いと、勝手に決めつけてくる。それは、いいような悪いような。いずれにせよ注意が必要だ。

15分ほど、話し込んでこの女友達は消えた。彼女の家は、お世辞にも良い家ですねとはいいがたい。かなり痛みも来ているし、壊れているところも多い。2階は雨漏りするらしい。私たちは、1階のサロン?で、一泊することになった。タイル状の滑りやすい床にマットを敷いて寝るようだ。

固より治安のいい場所ではないので、扉も、鍵らしいものはなく、木のつっかえ棒で外から扉があかない工夫になっている。。だがこういう体験も有りだなと思った。私は、私になりに満足した。これも彼女と一緒なら幸せかなと思った。とはいえ、全体として、日本人はとても恵まれた生活環境にあるということを改めて実感した。

その一例が、以前にも記述した水回りだ。

確かにシャワーだが、シャワーではない

ドアを開けた外の通路に、水が蛇口もなく、ホースの先からちょろちょろ出ている。ここで彼女は「シャワー」というが、風呂代わりに身体を洗ってという。私はやり方が分からないので、オニイサンのすることを見ていた。Tシャツと短パンを着たまま、小さな桶で身体に水をかける。

この場所は、すぐそこが他の人の通路にもなっており、裸になるわけにもいかない。すぐ脇から近所の方の声や子どもの声、テレビの音、犬などの吠える声などがすべて聞こえる。目の前を人が歩いている姿も、ちらっと見える。そんな場所だ。身体を洗うとは、Tシャツを着たまま、石鹸を使い、適当に素肌を洗う。なるほど、そういうことか…と思った。

田舎とは、まるでテンポが違う。こんなところになぜか都会を感じる。時間が過ぎるのがやけに早い。そして、あまりくつろぐこともなく、フィリピン最後の夜になった。

☆フィリピンお役立ち情報・ひとくちメモ

ダウンタウンは、水に弱い…

彼女の実家であるNavotasは、貧しい家がひしめき合っている。隣と隣の隙間がすこしあれば、そこは狭くても通路だ。人は多く、どの路地にも人が涼を求めて、外に出ている。家の中は暑い。子どもたちは、サリサリの傍に集まっていることが多い。どちらかと言えば、ここNavotasは、下町で、海抜が低いようだ。

毎年、台風のシーズンには、直撃を食らえば、水の害が出やすい。どうしてもマニラは台風が通過しやすい地形にあるようで。その巻き添えを、Navotasが食らうことがある。3-4年前の台風の時は、マニラが水没しただけでなく、周辺地域も大水が出て腰まで冠水する事もあった。

それも困るが、家の中まで水が入り込むので大変だという。この時は、まさにそれだったらしい。3-4日は、水が引かないという。

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