夢見心地☆心配について ★20#0228

フィリピン-ピリピン

私は、心配症の性格であるために、この件に関しては関心がある。
心配がどれほどネガティブな心の状態であるかも、もちろん理解している。

  「心配しても状況を改善することはできない」
(後出「夢をかなえる人生のガイドブック」より引用)

とは、
ジェフ・ケラー氏の「夢をかなえる人生のガイドブック」
 (ジェフ・ケラー[著] 弓場隆[訳] =SoftBank)
の≪心配事のほとんどは現実にならない≫の項目で、
きっぱりとこう書いている。この問題にかなり関心を持っているようで、
おそらくジェフ氏自身、心配症な性格を持ち合わせているのかなと余計な推測をしてしまう。
他の著作にも、項目が設けられ、心配についてよく触れられている。
たとえば、
ジェフ氏の「成長の法則」(ジェフ・ケラー[著] 弓場 隆[訳] Discover)では、

  「私たちは心配するとき、将来、起こるかもしれないことに
ついて考えている。それに対し現在のことについて考えているときは
   心配していない。」

     (前出「成長の法則」より引用)

と述べている。
少なくも、何かしら忌まわしい事で心配することは、よりネガティブな感情を引き起こす
きっかけになることだけは間違いない。誰にとっても避けたい心の状態の一つだ。

ジェフ氏の「成長の法則」の法則の中では、私たちは、
確かに”将来、起こるかもしれない”ことについては心配はしているのだが、一方で、

  「現在のことについて考えているときは心配していない。」
     (前出「成長の法則」より引用)

ものだと角度を変えて指摘しており、
心配についての対処の仕方で、

  「できるだけ現在のことを考える習慣を身につけよう」
     (前出「成長の法則」より引用)

と唱えている。

心配するということは、
現実直下の制約や限界をまともに受けておきながら、社会通年的なもっともらしい論理や筋立てを自ら組み立てて得意満面な理性(意識)が、何事もうまくいかないことを前提に、
私たちが潜在的に持つ魂(潜在意識)の能力を拘束し過少評価する手続きに過ぎない。

「夢をかなえる人生のガイドブック」では、心配事の対処法として、
ユニークな示唆がある。8つあるうちの2つを紹介する。

「心配事と闘わない」というものだ。

  「心配事と闘えば、最後には心配事が勝つ。『抵抗すれば、それは長引く』という
   古い格言のとおりだ。」

     (前出「夢をかなえる人生のガイドブック」より引用)

またもう一つの考え方、対処法は。
「心配は自分の選択であることに気がつく」というものだ。

   「心配を選択と見なすとき、心配事に費やす時間を減らす重要な一歩を
    踏み出すことができる」

     (前出「夢をかなえる人生のガイドブック」より引用)

という指摘で、心配という私たちの心の働きから、心配そのものだけにフォーカスする
のではなく、私たちの人生の流れの中で、他にも選択肢があり、たまたまそのうちの心配も
「選択」の一つなだけだと、置き換えてしまうことだという。「選択肢」のひとつで
あるから、他の選択をすればいい。

それが、
上述した「成長の法則」の示唆による

  「できるだけ現在のことを考える習慣を身につけよう」
     (前出「成長の法則」より引用)

に結びついている。

そのことは、ヴァジム・ゼランド氏のトランサーフィンの考え方では、
次のような表現で言い表されている。

  「どんな難しい問題にも簡単な解決方法がある。それは、『軽演劇』の人生ラインで
   見つけることができる。このラインに乗り換えるためには、まさしくそのように
   なると思い描く意図が必要とされるだけだ。」

   (「[願望実現の法則 リアリティ・トランサーフィン2」ヴァジム・ゼランド[著]
       ほおじろえいいち[監修] 須貝 正浩[訳] 徳間書店)

私たちは、心配事で頭を悩ませているときは、深刻なドラマの渦中にいるようなものだ。
それを軽演劇に変えてしまえという一つの示唆だ。

いつどのような時でも、その時々の心配事に捕らわれることの決してない、文字通り軽演劇のような人生ラインは、目には見えないが。それでも、思考の方法の仕方で存在するのだと私は思うようになった。

それは思考の放射のパラメーターをネガティブからポジティブに変えたときに、その人生ラインにシフトできるというものだが。
なぜ、そんなことが可能なのか。私たちの存在は、物理的な現実としての肉体では
なく「意識体」だという点にある。

そして、「選択」という私たちの行為の中にこそ、結果として、そこには人生ラインの複数の在りかが見え隠れしている。

そんなことあり得るのかという疑問があるかもしれないが。
ならば、「選択」そのものを疑うことになる。つまり人生には、可能性はなく、
どうあがこうと運命論的に決まりきったものだというのと同じ論理になる。

私は、その立場を採らない。いつでも選択可能な無限数の人生ラインが、
存在していると思っている立場だ。

ジェフ氏の例を見ても、それが言える。
ジェフ氏は、人生ラインなどというパラレルな現実について、言葉として一切、
語ってはいないが、

それでも、
「夢をかなえる人生のガイドブック」の心配についての項目は、前述したように、
≪心配事のほとんどは現実にならない≫と述べていることに、人生ラインのあること
などにはおよそ思い至っていないと思うが、教訓として体感しているのだと思う。 



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