夢見心地☆もしも、~していたら… ★20#0259

フィリピン-ピリピン

「思考は現実化する」ということを肯定できるのであれば、
    (ナポレオン・ヒルの有名な言葉であり著書名でもある)

また
「人は、自分の思う通りのものになる」という言葉を素直に受け入られる時、
   (「ザ・ストレンジスト・シークレット」アール・ナイチンゲール[著]
        林 陽[訳] 徳間書店)

私は、私たちが抱く思考によって、
人生は大きく左右されているのだなと実感せざるを得ない。

ならば、
ある思考が膨大な思考のための無限空間の中で、思い巡らし、活動し、
そこを自由に飛び回っていてもなんら不思議ではないと思う。

”もしも、~していたら…”とは、過去の出来事に対しての人生の分岐点をそこに求め、可能性を推測してみることでもある。さらには未来の自分へのシュミレーションとして、
私たちが、意識の深い部分で、別次元の自分のあり方について、感じいるということでもあるだろう。

そんな考えの示唆を与えてくれるているのが、

ヴァジム・ゼランド氏の著作
「[振り子の法則]リアリティ・トランサーフィン」
(ほおじろえいいち[監修] 須貝正浩[訳] 徳間書店) である。

この本の比較的前段の部分には、
ゼランド氏が概念として打ち出したトランサーフィンについての考え方を
分かりやすく述べた一文がある。

  「頭の中を駆け巡っている唯一の考えは、自分の世界を自分で整える必要はなく、
   すべては自分のあずかり知らないところで自分の幸福のためにずっと以前に
   できあがっている。」

  (前出「[振り子の法則]リアリティ・トランサーフィン」より引用)

と述べている。

この一文の
「頭の中を駆け巡っている唯一の考え」――その空間こそが、
ゼランド氏が言うところのバリアントな空間ということになる。

このバリアントの空間とは、まさに私たちの人生上のシナリオが、過去、現在、未来のすべての情報がぎっしり詰まった空間を意味し、あみだくじのように、進む先で、分岐した際にも、
そのストーリーが容易されている。いわゆる「もしも、~していたら…」の選択がすべて用意されている空間だ。言い方を変えれば、アカシックレコードである。

著者であるぜランド氏が示唆して言うのは、このバリアントの空間こそ、
私たちの人生を現実化するあらゆる可能性のシナリオとそれに伴う舞台装置を備えた空間だと申し述べている。

そのバリアントの空間には、無限の人生ライン(シナリオ)が含まれている。
そして、その空間に私たちの意識(特に潜在意識が深い関わりを持つ)が、
そこにどっぷりと浸かっているということらしい。

人生ラインのそれぞれのシナリオが、
私たちが言うところの結果「運命」ということになる。

ゼランド氏の前出書には、冒頭に、
次の文言が述べられている。

  「トランサーフィンは、まるでスーパーマーケットで商品を選ぶように、
   文字通り運命を選ぶ方法である。」

  (前出「[振り子の法則]リアリティ・トランサーフィン」より引用)

と。

この言葉は、実に象徴的で、この本の真髄をなしている言葉だと思う。

私たちは、人生を難しく考えすぎているのだ。だが、ゼランド氏の著書を読むと、

  「望むことは単に受け取ればよいということを、人は知らない。」
  (前出「[振り子の法則]リアリティ・トランサーフィン」より引用)

と、指摘する。

私は、ある本の中から次の文言を見出した時、
これこそは、前述した部分を説明する内容だと感じたので、紹介したい。

ある本とは、
「『私はできる!』黄金の法則」(B.スイートランド[著] 桑名一央[訳] 知的生きかた文庫)のことである。
≪一年で収入を三倍にしたセールスマンが実行したこと≫の項目の中のことだ。

そこには、
サラリーマンのA氏のことが語られている。簡単に概略を述べると。

「自分の運命をすっかり悲観した」セールスマンのA氏は、同僚のやり手のB氏を町のレストランで見かける。A氏は、収入も少なく、カウンターでサンドイッチを食べていた。
ところへB氏が商談のために顧客と食事をしている。分厚いヒレ肉を注文して食べている。
その差をA氏が自分に問うという内容だ。

そして、スイートランド氏は、次のように記述する。

  「いろいろ考えた末A氏は、自分がこれまでたいしたことができなかったのは、
   たいしたことのできない自分しか心にイメージしたことがなかったからだという、
   結論に達した。」

    (前出「『私はできる!』黄金の法則」より引用)

と述べている。

このA氏の思いこそ、
いま「自分の運命をすっかり悲観する」人生ラインから、
自分の人生ラインを乗り換えられることに気づいて、
その入り口に立った瞬間だと私は受け止めた。

内容は違うにしても、似たような思いを持つことがある。
その時こそは、
人生ラインの乗り換えをしようとしている決意した瞬間なのだ。

そのとき人生ラインの乗り換えは、実に、簡単なことなのだ。
ただあまりに簡単すぎて、受け入れるのはなかなか難しい。
理性が邪魔をするからだ。

すでに前述したが、私たちの理性が、
”誰もが人生を難しく考えすぎているからだ”と
記述させていたそのことにある。

その上で、あえてゼランド氏は、

  「トランサーフィンは、まるでスーパーマーケットで商品を選ぶように、
   文字通り運命を選ぶ方法である。」

  (前出「[振り子の法則]リアリティ・トランサーフィン」より引用)

と述べている。

人生のライン = 私たちのためのシナリオを選びなおせば言いのだ。

どのように?

「いろいろ考えた末A氏」が答えに気づいている。

それは、

   「自分がこれまでたいしたことができなかったのは、
    たいしたことのできない自分しか心にイメージしたことがなかったからだ。」

    (前出「『私はできる!』黄金の法則」より引用)

というように、その反対の真逆の新しい自分を心にイメージし自分の生き方をポジティブに
選択することだ。

それが、
   「スーパーマーケットで商品を選ぶように」

ということになる。

私たちが人生を難しく考えるのは、私たちの世界の層にある現実化された環境や状況、状態など、また社会的レベルでのネガティブな概念から押し付けられた思い込みなのだ。まさしく理性が従順に受け入れた結果である。

人生ラインの乗り換えは、思考の方向性に常に左右される。

ネガティブに考えれば、考えるほど、それに見合った人生ラインをドンドン移動することになる。
ポジティブになれば、なるほど望ましい人生ラインを乗り越えていくことになるようだ。



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夢見についての気づき 2020年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/yumemi/1084/

夢見についての気づき 2019年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/2798/

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