夢見心地☆ひとりさんの天の声を聞く ★20#0286

フィリピン-ピリピン

斎藤一人さんの「天の声を聞く」の音声メッセージを聞いて、私の気持ちが救われた。

YouTubeの動画より、
天の声を聞く
https://www.youtube.com/watch?v=rVy-TbB84OQ&t=28s

以前にも、このメッセージは数回、聞いている。
なので、それなりに理解していた。前回も今回と同じところに影響を受けた思う。

今回、改めて聞いて、私の気持ちが救われた思いがしたので、
どうしてもこのメッセージに感謝の意味を込めて、その深みについて書いてみたい。

気持ちが救われたというのは、私のささやかなビジネスと関係している。

昨年は、2年連続の文字通り苦境に立たされた。
ネット頼みだった順位の劇的な落ち込みの影響を受け、販路が全く閉ざされてしまったからだ。
想定外の結果で、思い悩んでしまった。

思い悩んでも仕方がないどころか、そうした気持ちが、
もっとも悪いことを知りながら、現状の苦境をどう乗り越えていけばいいのか困惑してしまった。

だとしても、だとしても、それで良しなんだと決意した。

改めて、そう思えたことが、
斎藤一人さんの「天の声を聞く」の音声メッセージによって、
促された。

斎藤一人さんの場合。お話には、とても特徴がある。
なぜ、そうなのかということには、説明がないし、あえて触れることはない。
触れないばかりでなく。

「なぜか、知っているんだよ。」という言い方を押し通す。
結果、
「信じても、信じなくてもいいよ。」と、前置きし、
そして、とても簡単な苦境の乗り越えかたの方法をポン!と言う。

例えば、幸せのなり方は、実に簡単で、
「しあわせだなあーと、いま思えばいいんだよ。」と宇宙の法則を語る。
話術に長けており、しかも面白い。

「しあわせだなあーと、いま思えばいいんだよ。」か…。
おい、それのどこが、答えなんだよ!ふざけんな!とばかりに。
怒りをぶちまけるかもしれない。

現実の生活で、壁に突き当たり、打ちのめされている人にとっては、
「何言ってんだよ!」と反論したくなるくらい、その簡単さ故に、
難しい講釈をたっぷり聞かないとありがたみを感じない制約だらけの方たちからすれば、
おそらく、まっとうに受け止めることはできないかもしれない。

講釈がきちんと説明されることがないので、斎藤一人さんの話を、
十分、真の話(真理を得た話)だと受け止める人は、そう多くないかもしれない。
だが、
私は、斎藤一人さんのメッセージの凄さを、改めて思うことがよくある。

斎藤一人さんの話は、「引き寄せの法則」をはじめ多くの成功法則と、
ほとんどが原理原則が合致こそしているが、ズレていることは何もない。

むしろ、難しい本を読むより、
実に、その真髄を分かりやすく語るということに終始していると思う。

この数分の「天の声を聞く」のメッセージで、
私は2点の深いメッセージを聞き、心が和らいだ。

この話は、「人間には、三通りの人間がいるんだよ」っていう話で始まる。
その三通りとは、

一つは、
自分だけのことを考えている。自分からしかものが見られない人。

二つ目は、
相手の立場になってものを考える人がいる。

そのほかに、もう一つ。

  「天に神さまがいるとしてですよ。…別に信じなくてもいいんですよ。
   だけど、もし天に神さまがいて、自分を成長さしてくれるんだ。
   成長さしてくれようとしてるんだ。そしたとき、
   起こったことすべてをありがたいと思えるような捉え方が、必ずできるもので。
   だから、こんなことが起きちゃった。そのとき、自分が…、神さまが、
   こういう問題を起こしてくれたとしたら、自分が…、それに対して、
   なんて応えたらいいんだろう…。」

  「天が、ずっとこうやって上からみてる。答えみたいのが、分かってくると、
   いろんな違いがでてくるんだよね。」

という。

これは、天から自分を俯瞰し、自分の置かれている現状を、もう一度、
捉え直すことの大切な示唆になっている。

このメッセージにある

  「もし天に神さまがいて、自分を成長さしてくれるんだ。
   成長さしてくれようとしてるんだ。」

という示唆は、
自分が知らず知らずに奢ってしまう気持ちを諌めてくれている。
自分の困惑した状況に、焦燥感や不満を持つ気持ちを、
戒めてくれる言葉だと気づかされた。

 
さらに、次のメッセージのさらにさらに深さを感じ、唸った。

西郷隆盛の話が出てくる。
西郷隆盛が、一時期、権力者に幽閉され島流しにあった話だ。
これを斎藤一人さんは、
次のように言う部分に、私は、人生の意味が隠されていると感じている。

  「ほんとに、(西郷隆盛が)島流しになってて、辛かったんだけど…。その時、
   一所懸命、その人、勉強したの。韓非子やなんか勉強して、もっとすごい人間に
   なって出てきたんだけど。
   結局のところ、もしあの時に、ほんとに安政の大獄っていうのもあったし、
   蛤御門の変っていうのもあったし、幕府がすごく強くなってた時代だから、
   もしあの時、島流しになってなかったら、間違いなく殺されてた。そうすると、
   自分がほんとはすごくなんていうの、島流しなんかにあっちゃってなんて言ってたけど、
   そのときが、一番守られていたかもわからない。…」

この示唆は、実に深い。
私たちは、元来、天に守られているんだということだ。

さまざま理由で、
私たちには、天からの学びがあるが。
それに、不平・不満をもって、いま置かれている状態を、
不遇として見てはいけないということよくがわかる示唆になっている。

私は、考え方を改めた。もちろん、それで、今困惑している問題が、何もなくなって。
何もなかったかのように解決されるわけではないが。

少し長い目で観て、後に、
今を振り返り”あの時の苦境に生かされていたんだ”ということにきっと気づくだろう。
そう思えた。

ならば、越えられない問題には、あえて負けてしまってもいいと思う。
いわゆる「降参」だ。降参をあるがままに受け入れて、時の過ぎるのを待つのも、
在りなのかもしれないと、ふと思う。

私が、いま厳しいと感じている状況は、
前述した、三通りの人間のうちの、
一つ目:自分だけのことを考えている。自分からしかものが見られない人。
という、その見方に陥ってしまっているのかもしれないと思った。



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