夢見心地☆富を思う ★20#0326

フィリピン-ピリピン

自分で言うのは見え透いているが、そこをあえて言うなら、私は画を描くのが上手い。ただし、なぜか画を書くのが、あまり好きではない。そんなとき、覚えのない前世との因果をふと感じる。で、画をよく書いていたのは、小学生の高学年の頃だった。その時に描いていたのが、なんと、札束の画だった。

何が切っ掛けかわからないが、お金の札束の画をよく描いていた。もちろん授業の休み時間にだったが。特に、自分の後ろの席の級友と競い合いながら描いた。そのYは、雑っぽさがある筆感だったが、それなりに画が上手かった。

だから余計に私は燃えたのかもしれない。私の描き方は、究極的には、札束を上にどんどん積み上げ、まるでジャックと豆の木のように、天空を超えて、描いたことをおぼろげに覚えている。そんな、競い合いの遊びを思いついたのは、おそらく家が貧しかったことの反動だったのだろう…

なぜか、その後中学に進級した後は、特に札束の画を描かなくなった。環境が大きく変わったからかもしれない。
もし今も続けていたら、ひょっとしたら、ずっと若いうちに、スーパー大富豪になっていたのかもしれない。ある意味、本気で、そう思っている。

C.M.ブリストルは、「信念の魔術」の中で、電話している時などは、無意識に、手元のメモに”$$$$$…”の文字を書き続けていたという著作の中で、そんなエピソードを紹介している。

成功するためには、そのくらい自分の手に入れたいものに意識がに向いていないとダメだという。その例に倣うなら、その後の私も、札束の画を描き続けていれば良かったと思う。

だが…と。私は思う。仮に札束の画を描き続けたとしても、
一方で、私は、私の境遇が貧困の中にあったということを自虐的に考えていたので、期待する結果は望めず、どちらにせよ徒労に終わっていたかもしれない。はっきり言えば、貧しさは、子である私の問題ではなかったはずなのに、私の境遇として全身全霊でそれを受け止めていた。

それが、もっともまずかったといまは反省している。とはいえ、何の知識もない、知恵もない。力もない。ただ母を頼らざるを得なかった幼年期だったので、非力で特に目立った能力のない凡人として生まれた私には、仕方ないことでもあった。

妙な言い方で、誤解を受けるかもしれないが。恐れずにあえて言う。
前述したように貧しさは、私の問題ではなかったのだ。
何かしら突っぱねて言うつもりで”そんなことは自分には関係ない”という意味では
もちろんない。少なくとも、そうした環境を選んで来たのだろう。

貧しさは、何よりも、母がこの世で自ら受けていた重い試練だったのだ。
私は、その母の庇護にあるのだから、当然、母の貧しさは、そのまま自分にも降りかかる。
そして、私もまた、この貧しいという環境を私の試練として、
私の母の元で受けるという選択をして生を受けてきたのだ。

そのことが、分かり始めたのようやく最近のことだ。
すべては、まず甘んじて受け入れなければならないものなのだと理解できるようになってからだ。事前に言っておくが、いまは、私は、何よりもまず母に最高の感謝をし、苦労をし続けた母の安らかな冥福を祈ってもいる。

そしてその境遇を選んできたことを、心から有難いことだと感謝している。
私は、今日あるために、生まれながらに、どうやらあり得ないほど恵まれているのだと自らの環境を愛している。

振り返ると、
20代前半ぐらいまで、私は、私の境遇をある意味、人の同情を乞う意味で、お気に入りの相手に話していたことがある。自分の不幸自慢だ。それは、恐ろしく、途轍もなく恐ろしく愚かなことだった。どうしようもないほど愚かなことだった今は思っている。

そのことが、私の試練をさらに長引かせているのだから。作用・反作用で言えば、その戻りの巡りは、まだすべてが清算されていないのかもしれないなとも思う。

私の10代後半、20代前半になると、私も働くようになっていた。また何よりも母の生涯を通じた献身的な努力は、少しずつ上向きに実っていたので、それまでも生活上で、その日の暮らしに困るというようなことはもちろんなかった。そこそこ普通程度とまではいえないが、なんとかできるようになっていた。実は、私の自身の心の中が、いちばん貧しかった。

貧しい境遇を心の中に凍結していただけだったからだ。
それが、どんな結果をもたらすかを、まるで自覚していなかった。

成功法則を学ぶうちに、私の未熟さ故の不幸自慢が、さらに、私自身の心に凍結した貧しい境遇とその記憶の凍結がどれほど、どれだけ成功法則に悪い作用を及ぼしているか。身震いする。

私が、自らの貧しいという境遇にフォーカスし、あるいは、凍結しても、
さらに、一方で不幸自慢をすることは、
自らが、貧しさをもっと引き寄せ、あるいは望んでいる豊かさを跳ね除けていることとは、
思いもしていなかった。

私は、ジョセフ・マーフィー博士の著著
 「あなたもお金持ちになれる」(和田 次郎[訳] 産業能率大学出版部刊)から、
救いのメッセージを見出した。

  「富を思い、考えなさい。そうすればあなたは豊かになります。
   貧乏を思えば、貧乏になります。」

だ。

私は、この言葉の奥の深さを痛感している。字面だけを追っていれば、このメッセージの意味は、汲み取れないだろう。としても、素直に受け止めることが懸命だ。
いづれ、分かる日がくるだろうから。
この言葉のメッセージを、自身の中に浸透させることをあえてお勧めしたい。



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