夢見心地☆意図して作られた風景 ★20#0335

フィリピン-ピリピン

何年か前の12月の寒い時期のことだった。電車の中から、ふと窓外を見やると、
西の空が3分の1ほど、雲で覆われていた。

その向こうに太陽があるらしい。

あと10分もすれば、夕陽になりそうなそんな角度の時間だった。その時、ちょうど雲の隙間を突いて、光が地上に舞い降りていた。まるで扇を逆さに開いたように、光のカーテンが地上を照らしていたのだ。

そんな光景は、特別珍しくはないかもしれないが、条件が整わなければ、
なかなか見ることはできない。
1年に一度みるか。何年、費やして、見ようと思ってもなかなか見られないものでもある。

私は、ある風景を思い出していた。それは、私がCM制作に携わっていた20代後半の頃の事だ。私の居たプロダクションで、まだ下っ端の頃の事だった。
当時、私は、4ヶ月に1度くらいのペースで制作していた大阪ローカルのCMの制作担当を任されていた。

思い出したのは、12月の福井県、越前でロケを行ったときのことだ。
撮影の目的は、大阪市内のミナミの有名地下街で、店舗などを紹介し撮影するような仕事だった。その時は、唯一、ミナミの地下街全体のイメージアップ用のためのロケーション撮影を行った。

オンエアは、元旦および新年用のイメージCMだ。
東京を朝の明けない暗いうちから出発し、小さなロケバスで、福井県の鮎川町に向かった。
東海の海を左に見ながら、夕方近くに、やっと浜松や焼津港を過ぎ、夜8時過ぎ頃に福井の民宿に着いた。

この日、日本が地図で見るように細長いことを、ロケバスの中から陽の動きとともに感じることができた。記憶に残った長い一日でもある。妙な感動と気分を味わった。

ディレクターは、発注者の大阪にある小さな広告デザイン会社の女性社長だった。実は、私は自分で言うのもなんだが、女性にはとても細やかな気遣いをするので、案外、その女性社長には気に入られていた。というより、気に入られるよう努力していたという方が正しいが…。現場、鮎川町で、合流することになっていた。

その女性社長には、まるで女優のように超美人の部下がいたので、その時の私は、かなり張り切っていた。私たちのロケバスには、同行した有名モデル・プロダクションから、オーディションで、選抜した長身のモデルが来ていたが、その美人の部下は、若い時の眞野あずさにそっくりで、モデルより、はるかに美人だと思った。

あまりに懐かしくて回り道の余談が過ぎたが、どうかお許しを願おう。
翌日の午前中に、ロケハン(下見)を行い、午後には、撮影という手順だった。
生まれて初めて、日本海の海を見た。そして驚いた。福井から見た日本海には、岩場があるのみで、砂浜が全くないのだ。眼下数メートル下は、深い海が見えるのみ。

冬の荒海が、これでもかと、激しい波頭をたてていた。怖いなと思った。
「えー。こんな海があるんだ。」と見識の狭い感想を実感として抱いたことを覚えている。

通常、CMは、演出コンテというのがあり、30秒、15秒のCMには、
30秒の画コンテを軸に、それぞれCMの流れを示すカット割りされた画コンテというものがある。ほぼ、その画コンテどおりに撮影するのだ。なぜなら、クライアント(広告主)とこのように撮りますと、企画段階から前提として決めて、それで制作費が出るからだ。

すべてが事前の納得づくめで、撮影がなされる。

当時、私は、この画コンテの中に、
ある意味とんでもない情景カットがあることをまったく理解していなかった。

だから、感じるべき苦痛さえなく、ロケをただひたすら楽しんでいた。
うわの空だったのだ。上述した美人の部下と一緒の仕事が、ただうれしくて、そんなどころではなかったように思う。

撮影は、12月の初旬ごろだったと記憶している。
モデルは、日本海をバックに岩場に立ち、モデリングポーズを中心に、アップやフルショットを撮るだけのかなり楽で簡単な撮影だった。私は「ヨーイ。スタート」を女性社長の代わりに、声を上げて撮影の進行を行った。

苦痛と言えば、やや風が冷たいぐらいだった。なんとも幸せで贅沢なロケだった。しかも数時間で撮り切った。打ち上げで、生まれて初めてカニも食べた。あの上質な越前ガニだ。
そして、私が、あの時のことを思うと不思議でならないことが一つある。それを書きたかった。

冬の撮影は、陽ざしのある時間が短いので、ロケーションの場合は、要領よくカット撮りを終えないといけない。雨の心配だってある。予算のない撮影で、何日も構えることど絶対にできない。

ロケは、いろいろと制約が多く、ほんとうは緊張の連続が普通の事だ。天候が良くて、当たり前。雨で中止になれば、読みが甘いと、制作担当者のせいにされる。そういう理不尽な世界でもある。

私が、不思議だと思ったのは、モデルの背景になる向こうの景色だ。ふと見ると、このブログの冒頭に記述したとおりの風景がいまそこにある。雲間から、光が降り注いで、逆さ扇のように、なって海を神々しく照らしているではないか。画コンテにそういう設定があり、そのとおりの景色がいまそこにあるのだ。

当時の私は、美人部下のことばかりが、気になっていたので、その風景のことは、特に、どうとは思わなかった。ただきれいな1シーンとして、収録もしただけと思っていた。CMのタイトルバックにも使われた。撮影が終了し、女性社長は、満足していた。

数日後に、局納品用のVIDEO編集が東京で行われて、大阪からその女性社長がやってきた。
そのとき、ふと私が、「よくあんなシーンが撮れましたね。」って言うと、「ただ撮れたんじゃないわよ。そうなると思ってたの。念じたのよ。」と、大阪訛りのイントネーションで、そう返事が返ってきた。

その頃、そう言われても、少しもピンと来ていなかった。そしてあれから何年も過ぎ、遠い記憶の向こうになってしまった出来事だが。

私が、その後、成功法則やスピリチュアルな世界に関心を持ち始めて、いま思うとき、あの風景の狙い通りの撮影は、どう考えても、数日かけても撮れる保障のない難しい撮影で、あんな絶妙なタイミングで起こること自体が、あり得ないことだと思った。

しかも画コンテに、海の背景にはあの不思議な光のカーテンがあったのだから。まるで予定調和を実現したようなものだ。

そして、お世話になった女性社長の念じたという意味合いなど、そうしたすべてのことが、私は、単なる偶然でそうなったとは、いま決して思っていない。「そうなると、念じたからだ。」と理解している。



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夢見についての気づき 2020年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/yumemi/1084/

夢見についての気づき 2019年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/2798/

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