すべては夢見の中で起きている。フィリピンへ part-1 #19-0007

枯れ枝 夢見空間

2005年12月初旬 旅立ちの準備

枯れ枝

初めて、フィリピンに行ったのは、この年の初旬だ。暦の上では、師走で。時節の寒さに加えて、私の懐はとんでもなく冷え冷えとしていた。

フィリピンへ旅立つ2-3日前のことだ。私は、新宿駅を急ぎ足で抜け新宿中央通りを、明治通り方向に向かって一心不乱に歩いていた。身体がどこか強張るような緊張感が漂う。私は、新宿が嫌いだ。どんどん嫌いになる。

新宿の街は、安易に立ち入れないほどギラついているからだ。区内のローカルなエリアに住むものにとっては、そこはかとなく怖いという印象しかない。いま歩いている新宿中央通りは、車や人通りが多く、比較的安全だ。伊勢丹や三越、丸井などの高級デパートが立ち並んでいるエリアだ。当然、深部の歌舞伎町には、もう何十年と近づいていない。

パラレルな世界へのシフティング

あえて脇道に逸れることを言うが、余計な一言を言えば、新宿は、寺山修司や唐十郎らが、四畳半襖張りの世界に囲まれたような前衛的な演劇活動が華々しかった時代を最後にすでに別な世界にシフティングしてしまったような気がする。あくまでも主観的な私の感想だ。

誰にも気づかれないうちに、実に巧妙なカタチでパラレルな世界にとって変わったようだ。それが私に分かるのは、新宿に一切近づかないからわかる感覚なのだ。名前は、新宿でも。なぜか?どうしてなのか。文化が変わってしまったのだ。危険が漂うアジアンテイストに。だからより一層近づけなくなった。

私は小走りするように新宿中央通りを歩く。違和感のある新宿を早く抜け出したくて明治通り方面に向かって歩く。店舗に出入りする人の波。人と人の行き交う間隔は、1メートルほどもないほど。ぎっしりとしている。都会といっても、これほど人の威圧を感じて、緊張する場所はそう多くはない。

フラッシュバック

何度も人とぶつからないかを推し量りながら、急ぎ足はますます加速する。冬の夕方は、陽足がない分すぐ暗くなる。ふと見上げた空はもう紫色だ。そこかしこのネオンが目に映える。パチンコ店のジャラジャラという音とともに、赤や青、グリーン、イエローなどの動きのあるネオンが、リズムを刻むように様々な思いとともにフラッシュバックする。

その感覚は原田芳雄らのアウトロー映画が全盛の頃の感覚だ。この喧噪のすべてが東京の象徴的な街だと痛感する。私は、こういうケバケバしいほどの華やかな一面の無機的な東京しか知らないが。その感覚はなぜか嫌いではない。決して批判的ではない。むしろ良いと思っている。

臆面もなく言えば、この無機的で、虚飾を彩った派手さが好きなのだ。文化を感じるからだ。私が向かっていたのは、旅行代理店のHISの営業所だった。

現金がない…いつでも知恵は出る

なぜ新宿のHISだったのかと言えば、いま振り返れば…HISの営業所は、そこより知らなかったからだと思う。加えて以前、何かの折に、そこへ行ったことがあったという記憶の薄い根拠があったからでもある。

そこでは、格安航空券が買えるということを知っていた。ただし、現金がないので、カードで、キャッシングする必要があった。当時、HISの利用が初回ということもあり、現金でしか、HISが受け付けて貰えなかった事情がある。

それとも記憶が定かでないが、現金のみでしか買えない特別な格安航空券だったのかもしれない。ひと昔前の話なので、詳細は思い出せない。キャッシングできる営業時間、HISの営業時間、そして、フィリピンへ行くまでの、時間もなかった。そのいづれもが、私の気持ちの中に入り込んで焦りを生み出していた。

かなり急ぎ足だった。旅券購入の10万円ほどの金を工面しないといけないと、焦っていた。なんとかギリギリ現金を引き出した。それは現金を引き出しただけでなく、その後の憂鬱も同時に引き出していたのだ。その後、その憂鬱を抱えて、飛行機に乗っていた。

格安旅行代理店HISへ向かう

そこから、明治通りを代々木方面に5分ほど歩いて、HISの営業所に着いた。大きな営業所で、時間も、19:00前後だったと思うが、照明を通常の半分ほど落としていたが。
他に2-3組の客がいたようだ。それでも、閑散としている印象を持つほど、この営業所は広かった。

初めて一人で海外旅行に行く。不安だった。HISの担当者は、若い女性だった。その営業所の方からは、それなりにフィリピンは犯罪が多く、都市部は、危険なので、犯罪に巻き込まれないよう気を付けてくださいと簡単な情報を伝えてくれた。

どう危険かは、深堀りを求めても、相手も、そうは詳しくは話さない。マニュアル通りに話しているだけかもしれない。あるいは場所場所で違うし、状況によっても、日々異なる。一様に言うことはできないのも、もっともだった。

一人で海外なのに不安が募る

基本的には、外務省のホームページで確認してくださいというレベルに終始した。
一番心配だったのは、英語が話せない。当然、フィリピンの公用語であるタガログ語などほとんど知らない。知っている単語は、サラマポ(ありがとうございます)とマガンダ(きれいなどの意)ぐらいの単語だけだった。

犯罪に巻き込まれて、サラマポもマガンダも、どちらも、危機を免れる有効な言葉とはとても思えない。

営業の担当者から、数枚の用紙を受け取り、支払いを済ませてなんとか出発する準備が整った。

☆フィリピンお役立ち情報・ひとくちメモ

フィリピンで安全な場所は…?

余程、地元で危ないと言われる地域にあえていかなければ、そう危険なところはない。その意味で、上記に書いたように、私は、日本なのに、日本ではなくなっているような新宿の方が、むしろ怖いと思っている。

ただフィリピンは、米国の影響下にあったせいなのか、基本的に銃社会なので、容易に銃が手に入る国だ。物獲りも、安易に銃をチラつかせることもあるだろう。金を要求された場合は、絶対に逆らわないことだ。金さえ渡せば、彼らも、むやみに無茶なことはしないだろう。国民性は、ただ貧しいだけで悪くない。

刹那的に金がほしいだけで、後先を考えずにという衝動的な場合が多いようだ。こちらが抵抗すると相手も怖くなって、むしろ引き金を引くかもしれない。

フィリピンで安全な場所は、マカティやケソンなどのオフィス街やグリーンヒルズなどだ
。非常におしゃれでハイグレードなタウンであり、ある意味、日本以上にデザインされた街だと感じる。ここだけ見ていれば、先進国の筆頭と言ってもおかしくない。

治安が、今以上に、さらに良くなれば、驚異的な発展をするだろ う…。

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