フィリピンへの関心を目覚めさせてくれたブログ #19-0060

フィリピン

人生観を変えてくれた2つのブログ

私がフィリピンに関心を持ち始めたのは、彼女との出会いがある。だが彼女は、簡単な日本語を話すが、込み入った話はなかなかできない。言葉が十分ではない彼女から、フィリピンについて知ることは、とても難しかった。

そんなとき、お二人の先人のホームページというか、ブログが、私のフィリピンに対する認識を満たしてくれるのに大いに役立った。Kenjiさんの運営する「フィリピン・ダスマリナス市で貧乏生活を楽しんでいます。https://blogs.yahoo.co.jp/kenji_007japan/」と佐太郎さんと名乗る「隠居生活☆東京・マニラ行ったり来たりhttps://wakahiroo.exblog.jp/i19/

いつも2氏のブログの更新を楽しみにしていた

お二人とも、年齢が高齢でもあったこと。それぞれに重篤な病気を抱えていたことで、最近では、前者のkenjiさんは心臓の手術を行ったあと、数か月後の2018年11月から、更新が完全に止まっている。脳内出血で倒れ半身片麻痺だった佐太郎さんに至っては、ここ2011年11月以降の更新がない。お二人に共通していることは、フィリピンを終の住みかと考えていたことだ。

ワクワクしながら未知の国フィリピンに興味を抱いた

私が、彼らのブログを熱心に読んだのは、2005-2006年ごろだ。その精神性は、私にも少なからず影響を与えている。こんな生き方を選んだ人もあるのかという意味で、考えさせれるものがあった。一度目の困難から、お二人は、再起しその上でのブログ活動をされていた方たちだ。フィリピンでの生活を楽しンでおられた様子だった。そこが、魅力のブログだった。

だが、難しい病気を抱えていたお二人ではあるが、その後も、なんとかお元気でいてはほしいとは思う。話が横道に逸れるが、それでもあえて、こんなことがあったということで、述べておきたい。

佐太郎さんは、フィリピン人の奥さんのためにフィリピンで家を購入している。それはブログの中でも触れられているが。佐太郎さんのブログは、写真が多く、目で伝える資料が多くありがたかった。特に半身片麻痺を自身を揶揄するように、「よたよた歩き」というカテゴリーを作り、フィリピンの中のチャイナタウンなどを紹介していたのは、感動的だった。

フィリピンについて知りたい私にとっては、お二人のブログはとても勉強になった。
その佐太郎さんの奥さんは、ブログの中で、顔写真入りで、何度も登場していたので、印象が深かった。

2009年の4-5月ごろだろうと思うが、神楽坂の通りを飯田橋方向に歩いていた時、東西線の飯田橋の地下鉄乗り場入口付近で見かけたのだ。私は瞬間的に、この奥さんを佐太郎さんの奥さんだと認識した。私は知っているが、この方は、私を知らない。声をかけたらびっくりするに違いないので、さりげなく行き過ぎたが。こんなことってあるのだなと不思議を感じた。

フィリピンを終の住家として考えるあり方

お二人の世界観としてある「終の棲家」としてフィリピンを考えていること。それは、日本にこだわらない生き方として、一つの在り方として、感慨深いものがある。私たちは、いづれ老いていく。いつまでも元気というわけにはいかない。

そんな中で、日本は住みやすいのかというと、必ずしもそうではない。老後をささやかな年金だけではとてもやっていけない。しっかりした預貯金を持たなければ、最悪、国の社会福祉に頼らざるを得なくなる。老いて、老いて、ヨボヨボになって余生を生きるのは、かなりみじめなものだ。

何でもありの自由の国フィリピンと規制で縛れる自由の国日本

私は、彼女を通じて、フィリピンを訪問し、そこで知ったフィリピンにあって日本にないものを肌で感じた。それはフィリピンは、とても自由な国なのだ。何でもありで規格や制約にほとんど縛られない。その自由さが、治安の悪さや犯罪を生んでいるという一面もあるだろう。保安上は決して安全な国ではない。でも、それを差し置いても、自由だと感じられるのだ。

一方で、日本は、自由の国だとされているが、実際、自由と民主主義の国だ。しかし、規制と制約だらけだ。その上で成り立つ安全な国なのだ。だが、自由であっても、規制だらけの自由。私はそう感じている。フィリピンにいて、人々が、本当に自由だなと感じた。解放されているのだ。もちろん、豊かになりにくい経済的な脆弱さがあり、経済的な不自由はある。

とはいえ、乱暴な比較だが、それも自身が老いてくれば、経済的な問題は、日本もフィリピンもそれはほとんど一緒だ。確かに経済的な補償では、日本の方が確かに優位だろう。だが、国から面倒を見てもらうという負い目を感じながらの保証だ。

最後にどんな選択をするのかを自由に考える

一概にどうのこうのという結論を、言うつもりはない。後は、自身の判断と選択によるところが大きいと思う。所詮、生き方の哲学の問題となる。

ささやかな経済的な資産だけで生きるなら、フィリピンは、日本との経済格差からかなり生きやすいと感じている。しかも発展途上で、子どもたちの多さ、それが、国の活力を感じ、また高齢者の少なさを考慮すると、これから大いに発展することが見込まれている。

私は佐太郎さんのブログタイトルにあるごとく、フィリピン、行ったり来たりという生活の考え方を抱くのは、一つの人生のスタイルとして在りなのかなとも思和ざるを得ない。

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