夢見心地☆迷宮の長い夢 ★20#0435

フィリピン 出会い2 フィリピン-ピリピン

以下に記述することは、子どもの頃、私に実際にあった事実に関する世迷言だ。
「意識」というもの理解する上で、邪道と言われるかもしれないほど、
わき道を反れる内容を書いてみたいと思った。

これを読まれる方は、まともに受け止めることのないよう事前にお願いしたい。
信じなくてもいいし、読まなくてもいい。
ただ、私の中の、いつまでも消えない拘りを書いてみようと思った。

もう一度言う。所詮、世迷言だ。戯言と思って、仮に読んでいただけるなら、
その程度のものとして受け止めていただきたい。
多少の意義あることは記述するつもりだが。

その内容は、私は、以前にもこのブログの中で、少し書いている。
(夢見心地☆記憶の代償 ★19#0115
   https://isle23ch.com/philippines-pilipin/yumemi/2145/)

小学校の高学年のころ、安アパート数棟が立ち並ぶ一角があり、
私は、その一棟に住んでいた。
ある日、他の棟の年齢の近い近隣の子と、自動車のトランクスの中に入る遊びをした。
近隣の子といっても、いつも遊ぶ”親しい友人”という意味でなく、

親しいどころか子どもならするように、人間関係の蓄積や垣根を問わずして”遊び”を
通じて越えてしまうように、
たまたま、せつな的に声かけして出合って、遊んだだけだった。

その子は、やせぽっちで、顔があごが小さく逆三角の顔立ちだったように思う。
神経質そうな感じがして、弟がいるが、二人ともどことなく陰気くさかった。
あまり好きではなかった。なのに、遊んだのだ。

彼の風貌や、特に付き合いの程度において紙のように薄い関係だったことが、
その後の私の心の中に疑念を残し、いつまでも私自身の存在について不確かさを
払拭できない原因になっているのかもしれない。

遊びというは、
単に、自動車の後部トランクスに入って、閉めて、遊ぶというだけのことだった。
なぜ、そんなくだらないことをするのか。子どもだからだ。
だが、案外、そうしたものを意識下で、引き寄せてたのかとも思う。

あえて後付けだと前置きして言うが、
現代からはるか遠い昔に、私自身がかつて幽閉された記憶があって。
その欠片が呼び起こしていたのかもと。なぜか、ふとそう思う

正確に覚えていないが。
その遊びは、私の発案であるはずがない。臆病な私がそんなことを言い出すことは、
まずあり得ない。しかも、その自動車は、その知人の家族のものだ。当然、
その遊びの発案者は、知人の思い付きによるのだと確信している。

遊びは、
順番に、そのトランクスの中に入って閉めてみようというものだった。
友人が先に、入った。

すぐに、私が開けて、彼を出した。ちょっと、その状態が怖かったのだ。
当然、次は、私の番だ。彼が先にやった以上、私がそれを辞退することはできなかった。

「バンッ!」とトランクスの蓋が閉じられ、私は中に閉じ込められた。
真っ暗で、わずかに扉の隙間から外の光を感じた。どのくらいいたのだろう…。
おそらく、1-2分程度だったのだろうが、
とても長く感じた。不安になるほど長く感じた。

私は、その遊びの意味に、いまも何故か拘っている。
私は、ほんとうにそこから出たのだろうか…。という疑念への拘りだ。
なぜか、その後、そこから出たのだろうかという実感が持てなかった。

もちろん、出たに決まっている。

だが、私の心には、意外に深くその出来事が、
ネガティブに、陰鬱な影を落としていたようだ。

数年立っても、成人してからも、さらに時折、そのトランクスの中から、
ほんとうに自分は出たのだろうか。出してもらえたのだろうか…。
と、まじめに疑念を思うときがあった。

トランクスの中の闇には、そういう恐怖感がある。

もっと、別な言い方をすれば、私はそのトランクスの中で、眠ってしまい。
私は、いまリアリティのある夢の中にいるのではないだろかという。そういう疑念だ。
いまだ覚醒されずそこにいるのではと。

ずっと後年になって今思うことは、妙に思われるかもしれないが、
いまの現実が、真の現実であろうとなかろうと、あるいは、仮に、私は、長い夢を見続けているとしても、いま仮想の空間に居続けたとしても、
そこにどれだけの差があり、意味があるだろうと思うことだ。

冒頭に言った、所詮、戯言だ。私の記述など気にしないでほしい。

私は、ヴァジム・ゼランド氏の著書「[願望実現の法則 リアリティ・トランサーフィン2]」(ヴァジム・ゼランド[著] ほおじろえいいち[監修] 須貝 正浩[訳] 徳間書店)
で取り扱っている夢の話に大いに関心を持った。
非常に高度な話なので、その内容は、私自身の中で、まだ十分に租借しきれていないし。

いまここでその説明について述べることは難しいが。

その前作にあたるリアリティ・トランサーフィン1(「[振り子の法則] リアリティ・トランサーフィン」(ヴァジム・ゼランド[著] ほおじろえいいち[監修] 須貝 正浩[訳] 徳間書店))の中にもあったバリアントの空間という概念と「夢」との関連で、
前述した私自身の過去のその体験とを考えて見るようになった。

バリアントの空間とは、著書の説明では、次の記述がある。

 「バリアントの空間は鋳型であり、どのようにしてものごとが現実となって
  現れるべきかを定めている。」
 
   (前出:「[振り子の法則] リアリティ・トランサーフィン」より)

とある。これでは、何のことだか、本を読んでいない方には、分からないだろうが。

概略的に言えば、

「思考は、現実化する」という概念があるが。その現実化を意図する思考の深い部分(潜在意識レベル)で、バリアントの空間が、私たちの実際に体験する現実において密接な関係を持っているとするものだ。つまり、
バリアントの空間には、無限数の現実化するためのシナリオが、便宜的にセクターと呼ぶバリアントの空間に細分化された領域に格納されているという。
そのどのセクターにスポットをあてるかが、

現実化を決定する=私たちの人生のシナリオを、都度、決定する。

トランサーフィン2の「夢」についてを、ごくごく簡単に言えば、
そのバリアントの空間を、潜在意識が、一定の制約の中で、トラベリングする話だという解釈をしている。

夢の世界と現実の世界との違いは、それが現実化されたのかどうかに違いがあるのみで、意識レベルの次元的には、常に、ともに同時に存在しているシナリオだという考えに基づいている。

こうした話は、
すべては、(現実化するのは)思考というレベルの抽象域での話だ。
私たちの存在について、どうしても物理的現実が優先的で、
そこに重きを置いて考え、すべてを理解しようとする姿勢に囚われているかぎりは、
この話は、おそらく理解できないか、混乱するだろう。

理解するためには、より柔軟になり、
私たちの存在は、物理的な肉体にあるのではなく、本源的には、「意識」にあるという
飛躍的理解がどうしても求められる。

私は、著者のゼランド氏でも、何でもない、ただの凡人に過ぎないが。
だけに、私自身の力不足から、
トラサーフィン的な世界の話をする時に、最低限の抽象的な話を避けることができない。

だが、トランサーフィンが投げかけている成功法則は、刺激的だと言いたい。
なるべくこれ以上の抽象的な話を避けるが。

私が、冒頭にあげた少年時代の話との関連で言えば、
話を元に戻させていただくと。

先ほど、少し上にトランクス遊びのことで、

   「ずっと後年になって今思うことは、妙に思われるかもしれないが、
    いまの現実が、真の現実であろうとなかろうと、あるいは、
仮に、私は、長い夢を見続けているとしても、いま仮想の空間に
居続けたとしても、そこにどれだけの差があり、意味があるだろうと
思うことだ。」

と書いた。私がそう述懐するひとつの理由として、
ゼランド氏が、バリアントの空間と夢との関連で示唆を与えてくれたことが大いに関係があると思う。

トランサーフィン2の夢の話の中で、語られているが。
ゼランド氏によれば、私たちは、覚醒しながら、夢を見続けているという示唆もある。
覚醒した後も、潜在意識は、バリアントの空間を彷徨っている(トラベリングしている)という意味だろうと解釈できる。

バリアントの空間に無限数のシナリオがある限り、
だからこそ、私たちは、私たちの明確な意図によって、
その人生のシナリオを選ぶことができるということも示唆している。

 「あなたが心の赴くままに自分の運命を選択することを、誰も禁じてはいない。
  運命のコントロールもすべて、選択を行う、という唯一の単純な事柄に
帰するのだ。トランサーフィンは、これをどうやって行うか、という問題に
答えるものである。」
(前出:「願望実現の法則」リアリティ・トランサーフィン2」より引用)

私は、私の極めて個人的な体験から、どこかに非現実感を心深く積もらせており、
そうしたことが、幸いして、ゼランド氏の言うようなバリアントの空間の概念に対しては、拒絶することなく、容易に受け入れる素地を培っているようだ。

とは言え、

誰でも、注意深く、自己の体験をよく見直せば、次元を超えたちょっとした出来事を、一つ二つどころでなく体験しているのではと思っている。
ただ、目の前の現実を当たり前と思っているだけにすぎないのではと、ふと思う。



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夢見についての気づき 2020年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/yumemi/1084/

夢見についての気づき 2019年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/2798/

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