夢見心地☆戸惑い ★19#0038

フィリピン・パブ ネオン 夢見空間

ささやかな話を記述させていただきたい。どこにでもある。なぜ、そんなことをあえて問題にするのかと言われるような話(=「バカじゃないの?」と蔑まされるような話)だ。
その話は、
昨日の「ミッション・8ミニッツ」に因んだ話だ。

なぜ、このDVDを見ることになったかというと、
何かの動画を見たときに、「ミッション・8ミニッツ」の映画が面白いという
内容だったからだ。いわゆる釣られてのことだ。

それで、少し気になっていた。で、TUTAYAを覗いてみたのだ。

買い物を済ませ、この後も、何やかやとやることも多いな…と思いつつ、
レンタルするには、ちょっと躊躇いがあった。

というより、矛盾するが、恐らく借りないだろうと思いつつ、ただ寄ったのだ。

優柔不断という迷路にあえて飛び込んだ。

店内に並ぶDVDの背表紙を、一度目は、ざっと見たが、そのDVDが見当たらない。
どう探しても、
なかなか見当たらない。あちこちのコーナーを探す。

そこまでして、実は、
「借りないだろう…」と思いつつ…。見当たらないし、
仕方がないので、諦めて帰ろうかと思った。

そして、
また躊躇した。

そこで、今度は、検索機DVDタイトルを探すことにした。タイトル名があやふやだったので、
「8ミニッツ」で押す。すると、在庫があるという結果が出た。

[海外→ドラマ→ミステリー→その他]だった。

どうせ借りない…。

借りないだろうと思っているのに、
プリントアウトまでして、再び、それを探した。
目的の場所は、すぐに分かったが。そこは、さっきあれほど探したコーナーだ。
見落としがあるのかな…と思う。

しかし…。やっぱり、そこにはない。
となりのコーナーも探すが、周辺には、やはりない。また同じ手順で、もう一度探す。
ない…。「……。」店員に聞けばすぐにわかるはずだ。しかし、借りるつもりがないので、
聞くまでもないと、また3回目4回目になるが、もう一度探す。やはりない。

この時に、ふと感じた。
「なぜ、見つからないのか…?」

その理由が、薄々分かってきたのだ。私は、前述のDVDを借りたくない。
借りたい気持ちもあるが、「借りないだろう…」と決めつけた気持ちで、
このDVDを探していた。実は、「だから、見つからなかった!」のだ。

はっきり言うと、本音で言えば、探したくないラインに私が固執し、
そこにずっと居たのだ。

自分のやっていることが、あまりに矛盾しているが、その気持ちで、探そうとしていたのだ。
したがって、そのラインに私が居る限り、見つからないと、心の深い部分で意識さえしていた。

この煮え切らない態度を一変させてくれたのが、
店員が近くで、作業し、返却されたばかりのDVDなどを棚に戻す音がしていた。
そして、身体を横に振ると、
目に前の棚のすぐ向こうに、店員がいた。

そこで、なぜか。
押されるように、店員に尋ねた。

その瞬間、ラインが変わった。シフトしたのだ。

見つからないラインと店員ならDVDのある場所を知っているはずのラインは、
ほとんど舞台装置が変わることはない。だけに、
この探しているDVDを見つけるラインは、見つからないラインとあまりに類似しており、
極めて微小な差しかないのだ。このいま状況の変化を、ラインの違いを明確に自覚することは、
難しい。それでも、あえて言うなら、
PCのペイントソフトのレイヤーのように、私のいま居るラインに、
店員の現れるシフトが、重なってきたのだ。私は、無意識にそのレイヤーのあるラインにシフトしていた。

私の言っていることは、大袈裟に受け取られているかもしれない。…どころか。
店員に聞けば、わかるのは「当たり前じゃないか!」と思われるだろう…。
それは、一面で正しい。しかし、この意味が汲み取れないというのは、
極めて、この意識世界の仕組みが、まるで認識できていない方の、通俗的、常識的な概念なのだ。
それでも、敢えて言おう。
私は、借りるつもりもないくせに探しているラインから、シフトしたのだ。

それが見つかるラインへ。
そのシフトへの移動は、
決意し、意図したことによるのだ。

それは現象として、私が、店員に尋ねるという行為となって現れた。

つまり、
若い女店員に、検索機で、プリントされた紙を渡して、
「これが見当たらないんだけど…」といって、一歩踏み出したことによる。

私は、ささやかなことだが、決意し、意図したのだ。

いまさら、その店員に、ただ、そのDVDがあるのを確認したかっただけなのだなどとは、
あまりにも言いづらくなった。これは大きな変化で、

決意し、意図したことで、私の煮え切らない態度にも、踏ん切りがついたのだ。変わったのだ。
借りるつもりじゃなかったのにだ。

そのDVDは、全く別の場所にあった。カウンター近くの準新作の範疇の中の、未整理な箇所の棚の中にあったのだ。

私は、あまりに、日常的な、何でもない出来事の中に、普通なら、
何をくだらないと思われるようなところに、
決意と意図が、すべてを左右しているということを感じた瞬間だった。

ヴァジム・ゼランド氏の著書「[願望実現の法則 リアリティ・トランサーフィン2]」(ヴァジム・ゼランド[著] ほおじろえいいち[監修] 須貝 正浩[訳] 徳間書店)

の冒頭のページに次の一言がある。

   「願望を実現させるための秘訣は、願望と縁を切り、その代わりに、
    意図、すなわち、”所有し行動する”決意を持つことである。」

という言葉を思い出していた。

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