少し前の事だ。
以前から、繰り返しの習慣になっているぎっくり腰の痛みが出て、歩くのがシンドかった。
通常は、痛くなることはないのだが、何かの加減で、その場で、屈みたくなるほどに、
腰骨のあたりがピリピリすることがある。
そんな場合などは、しばらく床などの固いところで横になれば、回復する程度の軽度なものだが。その腰痛をだまし、だまし歩いている最中、雨が降りだした。急な雨だ。
にわか雨だろうということは、分かっていた。すでに夜の21時半を回っている。
実は、都合で、通常降りる駅の一駅手前で降りたのだ。電車の中からも、
窓を激しく打つものを感じていたので。「雨…?」。で、降車した駅で考えた。
まだ改札を出る前だが。次の電車を待って、いつもの降車駅まで行こうか…と。
でも、雨は、にわか雨だということは、直感していたので、しばらく空の様子を眺めていた。
階段を登ってくる人は、雨にかなり濡れている。電話をかけながら、にわか雨について、
誰かに話している人が、私の横をすり抜けた。
そうこうしているうちに、、
電車の中に居たときより、雨の勢いは衰えているようだった。
で、案の定、その後、5分ほどでほとんど雨は止んだ。
止んだと確信し、決めていた通り、その一駅手前の駅で、やはり改札を出た。
「あー、自分はツイてるな…」と、ほくそ笑んだ。
一方で、
腰の具合が、電車に乗っている時より、ややチクチクする。
「まぁ、大丈夫だろう…。」と。
駅から、最初の信号をわたり、500メートル以上離れた人気のない車道を歩いていると、
なんと、また雨が降りだした。
「えー?!」と、思った。
歩道は、先ほどの雨で、すでに処理できない雨水が道路に溢れていた。
歩きづらくなっている。そこに、2度目の雨だ。
倉庫会社が多く立ち並ぶ、この道で、自動車のディーラーの店舗の灯りが、
すぐ手前を照らしてる。ひとまず、ここの店舗の庇の下に逃げ込んだ。
その灯りから見る雨足は、かなり強いものだった。「まずいな…」
駅に戻るにも、腰の具合が、雨に濡れて駆け足は、ちょっとシンドイ。
進むも地獄、戻るも地獄ということか。
やはりいつもの降車駅まで、乗っていくべきだったな…と、頭をよぎる。
ともかく、目の前の自動車のディーラーに庇があるので、そこでしばらく雨宿りを覚悟した。
向こう20メートルほどのところには、閉店になりかけの大型スーパーが見える。
閉店でなければ、そちらに移動したいのだが、無駄になる。
スーパーの車庫からは、買い物客の車だろう。何台か出て来る。
思い思いに消えていく。
見上げた空からは、勢いの依然衰えない雨が、しきりに降る。
だが、後悔しないよう努めた。
この今の状況に対して、少なくとも無関心になろうと努めた。
雨宿りを始めて、10分以上が過ぎたのだろうか…。
短くも感じ、長くも感じた時間だが。私の後ろの方で、「バタンッ!」と、音がした。
何気なく振り返ると、この時間まで残業していたのだろうか…。
そこの社員の方が、帰るところのようだった。こちらに近づいてくる。時間も時間なので、何か訝って注意でも受けるのではと思ったが、雨宿りをしているという素振りをあえてした。すると、さわやかな声で、「これどうぞ」と、ビニール傘を差し出してくれた。「え、いいんですか?」と言うと、「どうぞ」と言う。
私は、依然なら、素直じゃないところがあり、遠慮するのだが、
その時は、すんなり「ありがとうございます。感謝を申し上げます。」
と述べて、傘を受け取った。そのまま自分の進む方へ帰って行った。
相手の方は、私の先ほど居た駅の方へ、向かって消えた。
ありがたい親切を受けた。
この時に、私が思ったことを敢えて、このブログに書いておきたい。
まず、明日、この傘を返しにいく、ということ。
そして、その時、この傘を渡してくれた方ではない別の方がおそらく対応するだろうが、
感謝をもう一度述べようと思った。
さらに、成功法則の学びから、次のように考えたのだ。
普通の方なら、感謝の気持ちをささやかなものを何か添えて返すだろう。
誤解を恐れず言うなら、私は、
あえて自分はそうすべきでないと考えた。
私が、感謝の気持ちとしてささやかな御礼を添えたらとしたら、
その程度だけのもので終わってしまうからだ。
分かりやすく言えば、私は、何もしない方がいいと思ったのだ。
私がお返しをしなければ、
こちらの方の善意は、回りまわって、増幅し、私が出来る以上の
もっと良いことになって、想像もできないほど素敵なものになって、
必ず傘を差し出してくれた社員の方に戻るだろう…と。
与えたものが、受けとるもの。
原因と結果の法則は、厳密なのだ。
そうなるよう、「すべての良きことが雪崩のごとくこの方に降り注ぐように」
という心からの感謝の祈りを込めたいと思っている。
私は、
今日、後ほど、このビニール傘を返しに行くつもりだ。
私は、30分弱ほど、歩いた。その途中、傘を持たない人も見かけた。
高層のオフィスビルの中から吐き出されてきた人だ。
多分、置き傘を使うかどうかを一度は、判断した末だろう。
雨は、幾分、小止みになってはいたが。それでも、まだ傘はあった方が良い程度の雨が
降っている。
私の心は、かなり揺れ動いた。
幸運なことに、
あんなに人通りの少ないところで、私に傘を差し出してくれた人がいて、
私は、素直に善意をいただいた。
「世界の層は、私のことを気遣ってくれる。」
(「トランサーフィン『鏡の法則』」ヴァジム・ゼランド[著]
ほおじろえいいち[監修] 須貝 正浩[訳] 徳間書店)
という言葉を、ふと噛みしめていた。