ジョー・ビタリー博士の「ザ・キー」に注目したいと思う。
成功法則の学びの中で、思い込みをクリアリングするということについて、
非常に得るところが多い著作だと、改めて思う。
今回は、≪シナリオを書く≫という項目だ。
「ザ・キー」のこの項目には、”ネヴィライズ”というビタリー博士が、ネヴィル・ゴッダード氏の方法またはツールを評して、ネヴィライズという造語で敬意を表している。
そのネヴィライズを利用して行うシナリオ化の方法だ。
当該著書の中でビタリー博士は、ネヴィル氏がたくさんの著作を持っているということで、
「信仰は財産(Your Faith is Your Fortune)」
「意識の力(The Power of Awareness)」
「不死の人(Immortal Man)」
「仰せのとおりに(At Your Command)」
などの作品名を紹介している。
私も、同様にそのまま紹介させていただいた。
そのネヴィル氏の「願望の実現方法」とは、
「ネヴィルは、ひとはイマジネーションによって現実をつくり出すと
考えました。何かを変えたければ、それを想像の中で体験すること
によって、実現させるのです。」
(前出「ザ・キー」より引用)
という。さらに、
「ただし、ほしいものをイメージするだけでは、十分ではありません。
望みが実現したときの状態まで想像し、その状態を想像のなかで
体験することが必要だ」
(前出「ザ・キー」より引用)
と、ネヴィル氏がそのようなイメージングの方法を述べているのだという。
あの「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)でも、
この望んでいるもの事に対しては、すでに手に入れたように体験するという
ことについて、詳細に触れられている。
特に、
マイク・ドゥリー氏が、次のように語る。
「あなたがビジュアライゼーションするとき、イメージして、その画像を頭の中で
自由に創るとき、その最終的な結果だけを想像してください。」
(前出「ザ・シークレット」より引用)
として上で、
このシーンは、映画版DVDの「ザ・シークレット」でも、
かなり印象的なシーンで、それを描いている。
そのDVDのなかでは、
スポーツ・カーを手に入れたい、一見まったく風采のあがらない、
小柄な男が登場する。
彼は、バスローブを着たまま、ヘッドセットを付け、自分の部屋で、
欲しいと思っているスポーツ・カーを実際に運転しているように仮想で体験するシーンだ。
このシーンに合わせて、マイク・ドゥーリー氏は、ビジュアライゼーションの方法を
さらに詳細に述べている。
「たとえば、次のようにしてください。自分の手の平(ひら)を見てください。」
………
「あなたの皮膚の色、しみ、血管、指輪、爪などです。詳しく見てください。
目をつぶる直前にその手、その指が真新しい車のハンドルを掴んでいるところを
想像しましょう」
(前出「ザ・シークレット」より引用)
と。
このすでに望むものを手に入れたかのように、体験することは、とても強力だ。
私自身も過去の体験として、似たような行動を採ったことがある。
遠い昔になるが。それは今でも覚えている。
フワッと、大学の演劇科を中退し、その後、思わぬ形で入院し手術も体験。
リハビリが長引いて、すっかり自信を失っていた26才を過ぎた頃、奇跡が起きた。
CMなどの映像世界に入るキッカケが創れたのだ。
その奇跡を起こしたのは、ビジュアライゼーションのおかげだと思っている。
そのとき行った一例を言えば、こうだ。
自宅の半身を映す箪笥の鏡の前で、自分を映しながら、映像制作の監督を行なっている自分を仮想体験したことがある。
つまり象徴的な「ヨーイ!スタート!」という撮影で使われる掛け声を、挙げてその気になっていた自分を何度か演じ、ワクワクしていたことがある。
「はい。カット!」までをくり返したものだった。人にはとても見せられない恥ずかしい場面だ。
その時は、もちろん、そのような真似事が、
いづれ願望実現に関わる行為だなんて思ってもみなかった。知らなかった。
そして、
そのときから、数年後、その体験的なビジュアライゼーションどおりに、
私は、CM制作などあるいはそのほかの映像制作などのディレクターとして、
その役割を演じた経験をした。これは、本当の話だ。
だから、ビジュアライゼーションの効果については、自分なりに実感で確信している。
「ザ・キー」では、ビタリー博士が、
この体験そのものをできるだけ詳細にシナリオ化してみることが、願望実現の近道だという。
確かに、そうだろう。これを習慣化すれば、さらに効果は絶大だと思う。
以前、モーニングページという喪について、興味をもったことがある。
率直に言えば、私は途中で挫折した。モーニングページとは、
潜在意識にアクセスできる寝起きのすぐの時間に、思い浮かんでくることをなんでも書くというものだ。
その効果について、私は、今でもそれは確かに効果はあると思っている。だが、私には、ちょっと馴染めなかった。寝起きと言えば、顔も洗えないのか。とか、私は、起きてすぐに食事ができるような、少年時代からの習慣があり、ボーッとしている時間が、あまりに短いのだ。比較的にすぐ頭がクリアになってしまうところがあるのだ。言い訳かもしれないが。
としても、そのモーニングページのその効果を否定するつもりは、
一切ない。むしろ有効だと確信している。
ただし、人によって、
向き、不向きがあるように思う。
私は、願望実現の内容を、シナリオ化して、毎日、シナリオを書き換える。
その動作が、リラックスした時間に、思考の自由とワクワクした心の中で、
シナリオ化した内容を委ねることができれば、
その方が、個人としては、非常に合っていると思っている。
締めくくりに、補足のように、なってしまうが、
「ザ・キー」の中から、次の言葉を、付け足したい。
「ネヴィルが言おうとしていたのは、外側に見える世界はたんにあなたの世界が
映し出されたものにすぎないということです。」
(前出「ザ・キー」より引用)
まずは、望んでいる姿をしっかり思い描いて、それが後で現実化することを信じることに尽きるということだと思う。
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