先ほど、洗濯機のある洗面所の小部屋に行ったとき、
ふと洗剤に目が留まった。
全く何気なくだったが。
その粉洗剤のパッケージの蓋部分に書かれた衣類に特化したと銘打って、
「○○○○○洗剤」(仮称)(仮称:配慮として特定を避けるためにあえて名前を伏せさせていただく。)との表示がヤケに目に飛び込んできたのだ。それが、かなり自己主張をしているのだ。
しかし、よくよく箱自体を見ると、
他社製品よりかなり格安な洗剤なので、箱のデザイン性も含め、どこかのメーカーのブランド品のように、あえて洗い落ちの良さそうな勢いのいいそれらしいキャッチ・コピーも派手な名前もない。
名前がないだけじゃなく。実は、計量のスプーンもないのだが、それは事前に承知だったが。
購入したとき、名前については、さほど気にしていなかった。
名前がないと、製品自体の存在意義も意図も分からないので、
さすがに、「それじゃあ、具合が悪かろう」ということで、
ただ「○○○○○洗剤」(仮称)と機能だけ銘打って、シンプルな文字だけが
書かれていた。
要は、他社ブランド品のように、謳い文句やネーミングにはあえてお金を掛けなかったということらしい。
つまり、販売コストを引き下げるため名無しで安価にしているということのようだ。
裏を返せば、あえて意図なく比較で物申すだけだが、
名前のついた洗剤のコストは、ネーミングの分まで、私たちが負担しているということか…。
とも思う。
それをどう受け止めるかは、皆さん自身でご判断あれ、私は、あえて論じない。
ただこの洗剤、夏目漱石の「吾輩は猫である」と、同じ立場だなとふと思った。
「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」(夏目漱石[著]より)
余談ながら、この洗剤。
「吾輩は《衣類用に特化した○○○○洗剤》である。名前はまだ無い。その分だけ安い!」
というわけで、
文字だけが強調されていただけなのだが。
私が、ふと感じたのは、名前に潜んでいた《定義》の大切さだ。
衣類用に特化した○○洗剤の表記には、名前としての機能もあるが、この製品の特徴も、同時に表記されているのだ。衣類用に特化した○○洗剤ということで、同時に、
この製品の定義もなされているということだ。
もし、私が、”宇宙の法則”そのものの神のような存在であると想定するなら、
この洗剤の意図あるいは意向は、よく汲み取れる。
宇宙の法則の立場からすれば、”衣類用に特化した○○洗剤”としての機能を、ぜひ体現させてあげようと思うだろう。
「えー、(衣類が)だいじょうぶかなあ…」「衣類が台無しにならないか…」と思う一方で、
仮に、そんなショボイことになれば、世間は黙っちゃいないだろう。
「コンプライアンス、コンプライアンス」と、日頃、まじめな日本の企業は、
プレッシャーをかけられているのだ。儲けのために、いい加減なものを出してまで、
安価なものでリスクはとらない。
そして、実際、私は、思いきって、この洗剤を買ってみたのだ。所詮、規制のうるさい日本の洗剤だ。他社製品とそう大差はないだろうと、試しに買ってみた。そして、充分、満足した。
で、この洗剤は、
洗剤としての立場からすれば、宇宙という私をして、見事、自己実現を果たしたことになる。
特に、洗濯物が縮んだりすることもない。
「バラの香り」もしないし、「その他の花の香りがする!」それすらもないが。
また「やわらかー!」と声をあげるほどでもないが。
「ま。それで良し」としている。
いまの私にとっては、ほんとに、充分、これで助かっているのだ。
ここで、取り上げたかったのは、実は《定義》の重要性だ。
私たちは、心の深い部分で、向き合ったものにいろんな《定義》をしている。
この《定義》が、私たちの物事(物理的な現実)へのいろんな捉え方ひとつで、
人生を決定してしまう。
あえてバカバカしいことを言わせていただこう。
前述した「○○○○○洗剤」(仮称)だが、この洗剤の場合、他社製品と比較したら、製品メリットで勝負できる《売り》が少ない。ただ安いだけだ。しかも、洗剤として(衣類にダメージを与えるのではというような)事実はない。
価格が安いということが、憶測を呼び、不信感をもたれそうなリスクをとってでも、ただ安いだけを選択し、《売り》にして、勝負している。
だから、
花の香りがなくて当たり前。バラの香り?諦めた。柔らか柔軟剤の含有?とんでもない!
ただ、衣類用に特化した○○洗剤というだけのコンセプトで、
「安いよ、安いよ!」の一本勝負をしているのだ。
実際は、それで、何も遜色ない製品なのだが。
そこで、
もし仮に、あくまでも、あり得ない仮定の話だが。その前提で言わせていただこう。
この衣類用に特化した○○洗剤が、ネガティブな特色をもった、かなり捻くれた製品として、
新登場したらどうだろう?
例えば、キャッチコピーに、もしかしたら…、
「運が悪いとね。洗濯物が縮むかもしれないけど。
でもチョー安い洗濯用洗剤だよ。」というような
実際にはありえないキャッチ-やネーミングで、
驚きの価格を実現させて、まさに商品棚に並んだとする。
言うまでもなく、
通常、極めてノーマルな感覚を持つ人々の間では、この製品は、まず原則、売れない。
「ナニコレ?バカじゃないの?」と鼻で笑われて、それでオシマイだ。
その意味で、売れないので、この製品は、洗剤自身の特性が、
ますますネガティブな状態を引き寄せ、さらに、洗剤としての機能も果たせないまま
自己実現できない。
蛇足ながら、ここでは、あえて言っておくが、
特異な感情、感性や意識を持った人をここでは、問題にしていない。除外しておく。
この洗剤にしてみれば、自らにマイナスイメージがあるが、そこまで追い込んで、安いよを謳い上げて、一方で、意識上は、洗剤としての機能を果たしたい。自己実現したい。のに、売れない製品としてレッテルを貼られ存在することになるので、自己実現の機会も失うのだ。
私たちが、ネガティブな思考を持っているとすれば、
それは、大なり小なり、このあくまでも仮定でとりあげたおバカ洗剤のような末路を辿るだろう。
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