少し前のことを思い出したので、それを今回の記事としたい。
「善悪のけじめ」という言葉を、真摯に受け止めたのは、私が20代前後のことだった。
どの作品だったか、記憶にないのだが。ドストエフスキーの作品(恐らく、「白痴」か「カラマーゾフの兄弟」のどちらかだと思う)で、初めてこの言葉を受け入れた。
その頃は、気に入った言葉や名言は、よく手帳などに記載したものだった。
いまもその習慣は続いている。
変わったのは、
いまは、PCに入力するか、携帯のメモ帖に保存している。
なぜ、私は「善悪のけじめ」をいま問題にしようかと思ったのか。
すでに多くの方がニュースできっと覚えている方もいると思うが、
スペインの小さな町で起きた
エリアス・ガルシア・マルティネス(Elias Garcia Martinez)が描いたEcce Homo(この人を見よ)のキリストの肖像画のとんでもない結果になった修復問題についてである。
あれは、誰が観ても修復ではない。
元の原画をすっかり台無しにした上書きによる最悪な画だ。
おそらく信仰熱心だった老婦人の確かに善意だったのかもしれないが、
当時のTVなどの情報によると、4年の歳月をかけて、別の作品にしてしまったという。
私は、あの画を観て、絶句した。
所有していた教会関係者も気を失うほど絶句しただろう。
心臓が張り裂けるほどのショックだったに違いない。
修復を試みた老婦人は、塞ぎ込んだという。
心中察して、なお余りある。
としても、自分の描画レベルは、知っていたはずだ。
そもそも、取り掛かる前に、
いきなりオリジナルをいじるのではなく、どのように修復できるか、
複製の贋作を一度作成してみるべきだった。その出来を、教会側の責任者にチェックしてもらい、そこから、初めても充分よかった。もはや、別の画になってしまってからでは、遅い話だが。
私が、一番驚いているのは、
その当時、マスコミに注目されて人口5000人前後の町が、
一挙に有名になって喜んでいるということだが。
それは、良しとしても。
一言申し上げたい。
「冷静になりなさい。」だ。
判断は、間違ってはいけない。
というのも、老婦人に同情してなのだろうが。
メディアに取り上げられてから「修復後のキリストを原画に復元しないでほしい」との
嘆願書の署名が18000人以上も集まっているらしいことにあきれる。
人のミスを責めない精神は、素晴らしいし、百歩譲って良しとしよう。
だが、
この署名に嘆願している方たちは、二重の意味で、大きな過ちを犯している。
その程度は、この老婦人以上に、同情の名を借りた、悪あがきに相当する。
どんな過ちか。まず、
この原画の著作者(エリアス・ガルシア・マルティネス)としての権利の侵害だ。
100年以上前の作品だというので、商業的な意味での著作権はないかもしれないが。
正確には、権利関係はよくわからいが。
この画を認め、感動し愛した人々の気持ちに根づいているお金で絶対に換算できない
心に投影された著作者への思いは、推し量れないものとして半永久に残る。
それを、侵してはならない。
もう一つの誤りは、修復を試みた老婦人のミスを大きな気持ちで許すというのは、
良くても、たとえ、それを評価できても、
いまメディアに注目されて町おこしになっているし、
喜ばしいというレベルで、ネガティブをポジティブに切り替えたことまでは良しとしよう。
それでも人を不快にするミスを婉曲に笑いものにしている点は、
けっして良くない。
もう一度言う。あれは、修復ではない。
世界には、高い技術をもった技術者がいることは、
誰しも良く知っている。きちんと、再現すべきだ。
あの台無しにしてしまった画には、一切の価値がない。
そもそも修復の意図さえそこから感じとることができない。
そこを見直すべきだ。
私は、あえて言う。
大きな気持ちのまま、老婦人のミスを一切問わないまま、
再度の原画に戻す修復を、プロの手によってすぐに試みるべきだ。
それが、善悪のけじめとしてあるべき姿だと思う。
ところが、現在も、老婦人の台無しにした画をそのままにすべきだという。
しかも、一部情報によれば、老婦人の人気が出ているほか、著作権まで、
発生しているとか、バカバカしいので、この情報は、裏付けがない。
どちらにせよ。改めて、呆れるだけだ。
これも情報番組の中で、プロの修復家が言って話だが、
油絵の具が完全に固まってしまう前ならば、原画への修復がほぼ可能だという話だった。
修復に1-2ヶ月を要するという。
あの稚拙で、修復にはとてもなっていない最悪な画は、
今後歴史に汚点を残すことはあるだろうが。
歴史的遺産には決してならないことを、一時的な話題性で、
お祭り騒ぎし有頂天になるのは、愚かだ。
もっと歴史的な観点の資産価値としても、
冷静に考えてみるべきだ。
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