夢見心地☆タイムラインを移行するタイミング ★20#0279

フィリピン-ピリピン

タイムライン(パラレルワールド)に対してどうしても、私の関心が向かう。
十分な知識ではないが、それでも知り得たことで、今の時点での思いを記述してみたい。
私の関心が、なぜ、そこに向けられるか。

それは、私たちのすぐそばに、
どの瞬間にも、その時点での意識に相応したタイムラインの最中にあるからである。

そして、タイムラインは幾重にも無限にあること。
いつでも意識の変化次第で、
移動可能な選択可能な状態で、目指す理想的なタイムラインもそこにあるからだ。

もしあのとき、別の選択をすれば、どうだったろうというような。
私たちの選択の後に生ずる選択されなかった別のタイムラインへの思いだ。

そこへの移行は、その時々の、常に私たちの思考による波動の制限と
タイムラインの波動が、どう同調するかが決定要因になるようだ。

ポジティブな思考に揺るぎがなければ、
どんどん幸せな波動を持つタイムラインへとステップアップし
移行していけるという考えだ。

次から次へと良いことばかりが続く、
選択が現れるからだ。

また
ネガティブであれば、待ち受ける結果は、言うまでもない。
簡単に言ってしまおう。どこまでも落ちるだけだ。

数年前か十数年前に、自分探しという言葉が流行ったが、
そのために、あちこちへ放浪の旅へ出たり、文化や習慣が、
日本とはまるで異なる諸外国へ、いきなり思いつきで行くというような、
安っぽいセンチメンタルジャーニーがあった。

それは、ある意味では、創り上げられたカッコよさに乗せられて、
一時期トレンドにもなったということもあり、
「旅の重さ」という概念に準じて言えば「身の軽さ」が問われるようなものだ。

すべてが、いや社会全体が、とんでもなく寝ぼけた時代でもあったのだ。
私たちの求めるものは、どこか他所にあるのではなく、
その探し物は、答えは、いつも、すべて私たち自身の内の中にある。
いつのどんな時代にあっても、その答えは、いつも心の内にあるものだったのだ。

もし私たちのいま留まるタイムラインに不満を持つのであれば、
宛てのないどころか、成果などない旅に出ることでは決してなく、
ポジティブな思考を自ら着実に構築していく、そちらに注力するほうが、
はるかに成果が大きく賢明なのだ。

「マスターの教え」
(ジョン・マクドナルド著 山川紘矢・亜希子[訳] 飛鳥新社)を開いた。
その冒頭のシーンに注目してみた。

物語は、主人公の「私」の失踪した友人の話で。
その1ヵ月後、失踪した友人が富豪のマスターと出会い成功の教えを受け変貌してロンドンから帰ってきたという内容として始まる。

その友人のマスターとの出会いについて書かれた内容が惹きつけられるものがあるので、
タイムラインとあわせて参照してみた。

≪第2章 不思議なことは誰の人生にもよくあるものです≫の章の中に、
主人公の「私」の友人の独白部分がある。

   「私がここを発った時、私の人生はめちゃくちゃでした。
    私は真剣に自殺を考えていました。しかし、あまりに恐ろしくて、
    死ぬことはできませんでした。私にとって、生きることも、
    死ぬことと同じように怖かったのです。」
     (前出「マスターの教え」p22より引用)

この友人は、主人公の「私」と同じように事業に失敗し、
借金を抱えていたという設定だった。
文字通り、ネガティブ一直線のタイムラインのシフトへ落ち込みつつあった
ということだ。

この友人の次の言葉が、ある意味、タイムシフトを切り替えた瞬間だと感じ、
私は、その記述に興味を持つ。

   「ロンドンでのその夜のことを振り返ってみると、
    私の絶望感と、何か救いがほしいという強烈な気持ちが、
    私をその友人(マスター)にひきあわせたのではないかという気がします。」
    (前出「マスターの教え」p23より引用()内は、当方が付記したもの)

ここで、描写されているのは、
”絶望感”と救いを求める”強烈な気持ち”が語られている。

絶望感とは、すべてを手放すという意味だ。救いも同義語か。
私が一番、重視したいのは、この”救いがほしいという強烈な気持ち”に託された意味だ。
これは、ネガティブな状況であっても、まだポジティブな結果を信じたいという気持ちの表れだと思う。

ポジティブへの信仰に、前面委託して、さらに自らの”強烈な思い”で、
その委託を後押しするとういうことを表している。

その夜、物語の中で、この友人は、マスターと意図された不思議な出会いをする。

そして、成功法則の教えをしっかり受け、見違えるほど表情を変え、
生き生きとしながら、ニューヨークに帰ってくる。その友人の変貌振りに触発を受けて、
主人公の「私」も、ぜひ、このマスターと出会いたいと思うのが本編までの前段の話だ。

私は、この本の内容がフィクションとはいえ、本が持つ物語の不思議な霊的な力とともに、
この筋立ての運びというものを、軽視してみていない。
私なりに言えば、リアリティがあるからだ。

そして、前述したように、私はタイムラインの移行はどのように行われるかについて、
関心を持ちながら、このストーリーを観ている。

そして、

   「ここで、描写されているのは、”絶望感”と救いを求める”強烈な気持ち”が
    語られている。」

と書いたが。そこに、タイムラインの移行がどう行われたか、
どう描かれているかを観て感じている。

その話にリアリティがあれば、実行可能であれば、
私は信じるべきだと思っている。

教訓的に言えば、
”手放すこと”と、自分自身を信じるポジティブな可能性への”強烈な思い”が、
タイムラインのシフトの鍵になると感じた。



★戻る | ★前日の記事を読む

★過去リンク
夢見についての気づき 2020年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/yumemi/1084/

夢見についての気づき 2019年版 Index(古い順より)
https://isle23ch.com/philippines-pilipin/2798/

コメント

タイトルとURLをコピーしました