夢見☆この現実は、実はあり得ないことが起きている。 ★19#0009

yorunosoko 夢見空間

本日は、あまりに馬鹿げていることを、本気で記述したいと思っている。私は、この現実は、「夢見」だと書いてきている。つまり「目の前の現実に対して、私は、いつも夢を見ているのだと思っている。」ということについて、このブログで、さらにボリュームを重ねたいと思う。

2-3日前のことだ。
私の地元の国道を跨ぐ中規模な歩道橋を渉っていたときだ。

まもなく歩道橋を渡りきる直前の最後のコーナーで、わずかな空間に雑草が1尺ほどの高さで、伸びていた。それが、群生というほどはないが。そこそこ群れをなして生えていた。わずか数ミリの隙間だ。歩道橋の歩く部分は、テニスコートなどで見られる赤いエポキシ樹脂のようなもので、平坦に設えられている。

歩道橋の雑草
歩道橋の雑草

その端の部分は、鉄骨の壁面だ。その上部が、手すり状になっている。そのエポキシ樹脂と壁面の部分に積年の雨やホコリ、泥などが端の隙間に堆積し入り込んだ、そこに植物の種が、付着したらしく、その雑草が伸びていたのだ。なんという雑草根性だろうと思った。反面、その可能性のすごさを見た後で、自身のやや問題含みな現状を考えると、情けない気がした。

この雑草は、こんな奇跡的な生命力を発揮しているのに、自分はどうなんだ…!
と、目の前の困難さに、なぜか、顔を上げられない自身のふがいなさを思わされた。

やり方はあるのだ。やり方に気づいけていないだけだ、そう思った。

この雑草にできて、なぜ問題を解決することが私にできないのか。いや、この雑草は、私にできることを示唆するために、サインとして、目の前に示してくれているのだろうとも、考えた。

こうしたことを踏まえ、飛躍することを言うが、私は、仮想現実ということを、よく考えている。私たちは、リアルな世界に生きているようだが、それは幻想、あるいはシュミレーションだとする考え方だ。科学者たちは、まじめにこのことを考えている。そう考える人が少なからず量子物理学者たちに少なからずいる。

初めにそんなことを言った人は、非常に勇気が必要だっただろう。かつてガリレオが、地球が太陽の周りを回っているという説を唱えるより、もっと勇気のいることだろう。
アメリカの実業家、投資家、エンジニアであるイーロン・マスク氏などは、その筆頭格だ。その彼の発言が世界にいろいろな影響を与えている。

その仮想現実ということで、今朝、YouTubeの動画を見ていて、ここにその考えを述べてみたいと思った。ゲーム動画の配信者として、そこそこ知名度のあるハンドルネーム「みやゆう」のゲーム実況動画を見ていて、ふと思った。

内容は「【GTA5】大成功!ビルの側面をバイクでのぼる!」(youtube.com/watch?v=aEP4qcFxyRA&t=466s)だ。高層ビルの壁をバイクの勢いで垂直に登るというお遊びだ。勢いをつけるために、高層なジャンプ台を片側に設け、やけくそのように、そのジャンプ台を下って、その先の垂直の壁をのぼっていくという重力無視の自虐的なゲームだ。

結果は、何度となく繰り返し、失敗しては、またトライを繰り返し、最後になんとか、疑似的に成功するという内容だ。

私は、ふと、このゲームのようなことは、現実化するのではないかと思った。

そんな馬鹿なことはあるわけないだろうと。普通は考える。

かつて、ライト兄弟は、空飛ぶ飛行機を発明した。今では、それが、当たり前のようになっている。その昔、ライト兄弟は、どれほど、奇人扱いされたかは、想像に難くない。

その飛行機が、今では、金属の塊が飛んでいる。わずかな翼で。鉄の塊の巨大な船が、海に浮いている。

バックトゥザフューチャーで話題なった地面から浮いたローラースケーターが、
現実化しつつある。

もし。この現実が、仮想現実のシュミレーション世界であるならば、むしろバイクが、垂直なビルの壁を重力を無視してよじ昇ることも充分あり得る。そう考えて間違いない。

私たちは、このリアリティ(物理的な現実世界)の制限によって、その制限を固く信じ、思いこまされているが、そこから真に自由になれた時は、私たちに、不可能はなくなるのだろう。

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